ここのところ、とうさんとおふろ屋さんに行っています。理由は家のおふろがこわれたからです。ぼくはこんなに大きなおふろに入ったことがなかったからカンゲキものだよ。からだを洗うのにいつもみたいにしていたら、となりの知らないおじいさんに
「近頃のガキはしつけがなってへん」
ってどなられてこわかった。「せっけんのあわやお湯を飛ばすからだよ。しようがないなあ」ってとうさんがあきれていました。「まあ仕方がないか、知らない世界だものなあ」
湯船のなかに背中にとってもきれいな花とドラゴンの模様のついたおじさんがいたので
「ねえねえとうさん、あのおじさんの背中かっこいい!」
と大声で報告すると、とうさんは顔色を変えて、模様のついたおじさんにあやまりました。そしてぼくに小さな声で
「おいおいカンベンしてくれよう。あのひとは、ううんまあなあ、違う世界のひとなんだよ」
へええ。でもぼくみたいにはしゃいでいたけどなあ。どう違うのだろう。とうさんは答えてくれなかった。先生こんど教えてください。
おふろ屋さんがヤなのは家から遠いことです。二十分も歩かなければなりません。とうさんの話では数年前まではすぐ近くにおふろ屋さんがあったそうです。どうしてなくなっちゃたのか聞いたら
「それはお客さんが減ってやっていけなくなったのじゃないかな」
「でもおふろのないうちに住んでいる人もいるんでしょ、困るじゃないか。不便だよ」
「うーん、採算といってむつかしいことだけど、もうからなくなっちゃったんだよ、要するに」
「でも、ぼくととうさんは困ってるじゃないか」
「おいおい無茶言うなよ。ふろがこわれた人が安定数いるかい。いないじゃないか。そんなの商売にならないのじゃないか。そう言えば郵便局が同じようになってしまうかもしれないって田舎の人は心配していたなあ」
「それって知ってるよ。何となく、ゆうせいみんえいかでしょ」
「えらいなあ、都会に住んでいるから郵便局の心配はしなくていいけど、おふろ屋さんと似ているね。反対にね、おふろ屋さんだって、とうさんが東急の田園都市線沿いに住んでいたけどおふろ屋さんがひとつもないんだ。ふろのない家がないんだろうね。商売にならないものね。これを難しい言葉で言うとじゅようときょうきゅうって言うんだ。じゅようがふろがない家の人、きょうきゅうがおふろ屋さんかな」
「じゅようときょうきゅうだね。おぼえたよ。で田園都市線の人や、うちの近所がおふろ屋さんのなくなっちゃったりしたら、おふろがこわれたら時はどうするの?」
「うーん。そこまで考えていないんじゃないかなあ。お金のある人は旅館かホテル住まいするかな」
「旅館やホテルがなかったら?」
「おふろをがまんするしかないだろう。直るまでは」
じゅようときょうきゅうって不便だなあってそう思いました。
2009年01月23日
2009年01月15日
芸人分断化容認の連合
芸ごとで身を立てて行くのは頗るむつかしいことでございます。
吉本の芸人がいかに吉本興業が吝嗇で食うや食わずの生活をしてきましたとゆうネタですとか、売れっ子になった元劇団員の餓死寸前でしたみたいな苦労話を拝聴するに辟易してしまうのでありますが、まあ日常ではない世界ですので仕方がないといえば仕方がないのかも知れないと暗黙の了解事項となっております。
リンク切れになっておりますが非正規社員の失業者のひとたちに「大衆演劇でちょいと働いてみねぇか?「雨露はしのげる」」(「asahi.com 2008年12月30日17時0分」)だって嬉しいじゃあねぇかよお、泣けてくるねぇ。人情てぇもんだよ。
でよお。どおなったかって気になるじゃねぇか。「え」が「ぇ」なになるのは気になるてぇもんだけどよう。
食住が保証されていてるとしてもあまりに少額であり、生活保護のほうがお得感があるから生活保護を受ける方向に向かうであろう。何せ派遣切られの失業状態の若者はカップラーメンしか食べられませんと窮状を訴えるのであるから。蛇足ながら、わたくしならば袋入りのラーメンが半値以下なのになあと思うわけ。卵入り白菜入りにできるぞう。
また彼らは契約社会で契約通りの処遇となったのである。それに対して何とかしてくれと訴える彼らに契約事項が明確ではなく、薄給でありなおかつ、何をさせられるか不明瞭な劇団の仕事ができるとは考えづらいのである。

それにしても不思議なのは総評会館で面接が行われているくらい座長が「連合の高木剛会長と親交がある」ことである。私見では最低賃金法、労働基準法に抵触する雇用形態ではないかと訝しむのでありますが。それを堂堂と認めちゃうところがさすが正規雇用社員の味方じゃあねぇか高木会長よお。芸人は別扱いか。
現状が非道いのは理解るんだけど契約社会でさえ不当だと宣うひとびとから後日劇団が訴えられねぇように願うのみである。なあんて固てえこと言ってねぇでよお、野暮じゃねぇか。
吉本の芸人がいかに吉本興業が吝嗇で食うや食わずの生活をしてきましたとゆうネタですとか、売れっ子になった元劇団員の餓死寸前でしたみたいな苦労話を拝聴するに辟易してしまうのでありますが、まあ日常ではない世界ですので仕方がないといえば仕方がないのかも知れないと暗黙の了解事項となっております。
リンク切れになっておりますが非正規社員の失業者のひとたちに「大衆演劇でちょいと働いてみねぇか?「雨露はしのげる」」(「asahi.com 2008年12月30日17時0分」)だって嬉しいじゃあねぇかよお、泣けてくるねぇ。人情てぇもんだよ。
でよお。どおなったかって気になるじゃねぇか。「え」が「ぇ」なになるのは気になるてぇもんだけどよう。
沢竜二「派遣切り」救済、300人を採用へ
大衆演劇一座を率いる沢竜二(73)の派遣切りなどで解雇された非正規労働者を全国約150の大衆演劇劇団で採用するとの呼び掛けにこれまで約50人の応募があったことが5日、分かった。
沢の呼び掛けの背景には、大衆演劇劇団の慢性的な人手不足もあるという。「劇団にとっては、渡りに船のところもある。給料はそんなに出せないが、寝るところはあるので雨露をしのげ、毎日3食は食べられる。別に役者になる必要はなく、裏方として働いてもらってもいい。それに別に仕事が見つかったら、いつでも辞めて構わないですよ」。
沢の劇団では数人を採用する予定のほか「ほかの劇団でも2人程度の採用枠があるので、全国で約300人が雇えると思う」。
連合の高木剛会長と親交があることから、年末に記者会見して呼び掛けた。東京など首都圏だけでなく、大阪、京都からも応募があったという。「思ったよりも人数は少ない。仕事のない人は新聞やテレビも見ることができないのかな」。近日中に採用面接を行うという。
問い合わせは(電話)03・3367・3336の沢竜二事務所。
(「asahi.com 2009年1月6日」より)
沢竜二 失業者に門戸、劇団員面接に11人この沢竜二座長の提示する三万円から五万円とゆう「給料」は常識的に考えて月給であろうと推察する。うーん「思ったよりも人数が少ない」との言はその給金の少額なことが理由であろう。
派遣切りなどで失業した人に対して劇団受け入れを表明していた大衆演劇の俳優、沢竜二(73)が9日、東京・千代田区の総評会館で採用面接を行った。「劇団に入れば雨露もしのげて、食事もできる」という呼びかけに、20〜50代の男女11人が集まった。昨年5月に契約を解除されて以来、失業中という58歳の元システムエンジニアの男性をはじめ、希望者のほとんどが「住むところと仕事が欲しい」と切実な表情で面接へ。沢は「給料は3万〜5万円ぐらいだが、何とか面倒をみたい。今後(雇用状況は)深刻になるだろうから募集は続けていくつもり」と話した。照明や音響係など劇団スタッフとしてまず5人前後を雇用予定という。
(「スポニチ 2009年01月10日 」より)
食住が保証されていてるとしてもあまりに少額であり、生活保護のほうがお得感があるから生活保護を受ける方向に向かうであろう。何せ派遣切られの失業状態の若者はカップラーメンしか食べられませんと窮状を訴えるのであるから。蛇足ながら、わたくしならば袋入りのラーメンが半値以下なのになあと思うわけ。卵入り白菜入りにできるぞう。
また彼らは契約社会で契約通りの処遇となったのである。それに対して何とかしてくれと訴える彼らに契約事項が明確ではなく、薄給でありなおかつ、何をさせられるか不明瞭な劇団の仕事ができるとは考えづらいのである。
それにしても不思議なのは総評会館で面接が行われているくらい座長が「連合の高木剛会長と親交がある」ことである。私見では最低賃金法、労働基準法に抵触する雇用形態ではないかと訝しむのでありますが。それを堂堂と認めちゃうところがさすが正規雇用社員の味方じゃあねぇか高木会長よお。芸人は別扱いか。
現状が非道いのは理解るんだけど契約社会でさえ不当だと宣うひとびとから後日劇団が訴えられねぇように願うのみである。なあんて固てえこと言ってねぇでよお、野暮じゃねぇか。
2009年01月10日
釜ヶ崎よりブルジョワ
派遣村のことを書くのは些か地雷を踏みそうなので止めておこうと思ったがひとつふたつかいつまんで申しあげる。
で派遣村の村民が旅館に泊まる報(下記参照)を聞き及び、何だか腑に落ちないのである。この「旅館」ゆうものがどこからどの程度の質を伴っているのか定かではないにせよこの表現は世論の反発をくらわないのかと危惧する。世論の注目を浴びているのに反対にそれを敵にまわしてしまいかねない。旅館で上げ膳据え膳とゆう先入観を持ってしまった故味方は少なくなるのではないか。拙策である。
信者ではないがわたくしの関わっている基督教会では毎年僅かばかりであるが釜ヶ崎に援助をしている。少ないが毎年続いている。
報道を仄聞するにあたりあのやはり単純に言えば釜ヶ崎側からすると「けっ何やってやがるんだ」と思うのではないか。手配師とゆう派遣業が昔からあったし、意地を悪く言えばそんなの現在まで社会の構造上しかたがないのよって社会の歪みを孕みながらも認めていたのじゃあないのかなと。
年末年始釜ヶ崎のことは報道されない。昨年六月に暴動が発生したが火種は大きくなっているかもしれない。
わたくしはこの派遣村が来週末以降にどう展開していくのか注目している。「おとなしすぎる日本人」がどこまで当局に対し能動的に訴えるのかであったけど、当局は炎が大きくなる前に収拾がつけようと考えるし、その対策が何だか小手先で対処するのではないか。そして釜ヶ崎が脳裡に浮かんでしまう。
ぬくぬくと住むところと収入がある立場からと言われれば返す言葉もないけれど、明日はわが身なのである。
つながり)
「地球の歩き方大阪編」
「派遣村:宿泊250人分確保 来週末まで旅館借り上げ」
年越し派遣村とは?とゆうわけなんで完璧に市民運動化しておりますし、支援団体も政治色を帯びております。だよね。これは開村時から既知の事項である。前にも述べたことがあるが知人の公安関係の仕事をしている家庭では生協に加わることを規制されている。自主規制かもしれないけど左寄りの運動だから敬遠するむきもあろうと推察する。
仕事や住む場所を失った派遣労働者らに年末年始の寝場所と食事を用意するため、労働組合や市民団体でつくる実行委員会が大みそかに、東京・日比谷公園に開いた合宿所。1月5日朝に閉じるまでに約500人が「入村」。予想人数を大きく上回ったため用意したテントが足りず、2日からは支援の求めを受けた厚生労働省(厚労省)が講堂を開放していました。
職探しを続ける人たちに閉村後の宿泊場所を確保してほしいと実行委員会から求められた厚労省は、12日までの予定で、閉校になった小学校など都内の公共施設4か所を用意。5日に移動した「村民」の一部は、通常国会が開会した国会議事堂周辺を、雇用対策を求めてデモ行進しました。
「提供:朝日学生新聞社2009年1月7日」
で派遣村の村民が旅館に泊まる報(下記参照)を聞き及び、何だか腑に落ちないのである。この「旅館」ゆうものがどこからどの程度の質を伴っているのか定かではないにせよこの表現は世論の反発をくらわないのかと危惧する。世論の注目を浴びているのに反対にそれを敵にまわしてしまいかねない。旅館で上げ膳据え膳とゆう先入観を持ってしまった故味方は少なくなるのではないか。拙策である。
信者ではないがわたくしの関わっている基督教会では毎年僅かばかりであるが釜ヶ崎に援助をしている。少ないが毎年続いている。
報道を仄聞するにあたりあのやはり単純に言えば釜ヶ崎側からすると「けっ何やってやがるんだ」と思うのではないか。手配師とゆう派遣業が昔からあったし、意地を悪く言えばそんなの現在まで社会の構造上しかたがないのよって社会の歪みを孕みながらも認めていたのじゃあないのかなと。
年末年始釜ヶ崎のことは報道されない。昨年六月に暴動が発生したが火種は大きくなっているかもしれない。
わたくしはこの派遣村が来週末以降にどう展開していくのか注目している。「おとなしすぎる日本人」がどこまで当局に対し能動的に訴えるのかであったけど、当局は炎が大きくなる前に収拾がつけようと考えるし、その対策が何だか小手先で対処するのではないか。そして釜ヶ崎が脳裡に浮かんでしまう。
ぬくぬくと住むところと収入がある立場からと言われれば返す言葉もないけれど、明日はわが身なのである。
つながり)
「地球の歩き方大阪編」
「派遣村:宿泊250人分確保 来週末まで旅館借り上げ」
2009年01月08日
何でもありでしょ給付金
迷走しまくりの定額給付金制度でありますが、その制度の是非について論じるつもりはなかった。
あくまで応急処置なので早く止血をしなくてはならない。ばらまきとか某与党の人気取りであっても、まだ即決即効ならば増税しまっせワンセットの多少の荒療治でもその治療を瀕死の怪我人は受け容れたかもしれない。しかしあかんやろここまで放置しておかれたら怪我人はその荒療治が的確なものか否かを考え始める。増税の話はなかったことにしておいたらいいのに。
おまけに最悪なことに医師の治療方針が二転三転しているので不信感を抱いてしまうのである。謙遜ではなく、わたくしは高額所得者ではない。がしかし、高額所得者は普段にそれなりの税金を支払っているのである。そうゆう意味では不公平ではない。色気を出して公平平等などと言い始めるので勘違いが発生した。
元来理念なき応急処置なのであるから事務処理等のコストを考えれば矜持だとか眠たいこといっておらずに一律にばらまけばやれやれ不毛な論議が展開されているなあと辟易していると橋下知事が奇襲攻撃。
因みに「大阪府人事行政の運営等の状況(2006年度)」によれば府職員は84,998人で年間で、給料は383,797,420千円とある。しかし曲者なのが御存知の厚い「手当」で職員手当116,196,695千円、期末・勤勉手当が162,825,764千円なので合計662,819,879千円である。年間の一人当たり給与費の平均は7,798千円となるわけである。貰えない。残念でした。
もひとつ因みに総務省の2007年度の家計調査(Excelデータ)によれば一世帯当たりの年間収入の平均は総世帯で5,520千円、勤労者世帯で6,370千円である。一世帯あたりであります。
弱者の味方たるこーめいパーティの理念(あればですけど)に則るのであればまさに理想ではないか。また仕事増える残業増えると文句もワークシェアで言われることもなく雇用対策にもなるじゃん。また無意味か有意味かは不明の道路ハコモノではなくって緊急を有する学校校舎の耐震工事ならば文句を言うひとはいないでしょう。
もひとつ理解らないのがこの給付金の扱いでして、これは「法定受託事務」と解釈すべきなのか「自治事務」なのか不明。昨年、太郎さんが所得制限の判断を地方自治体丸投げにしちゃったとき、とある事情からちょうど地方自治法を少しかじってましてこれはどう考えても「法定受託事務」とは解釈できない。とゆうことは必然的に同法二条八項の「自治事務」だろう。(二条九項の法定受託事務の見逃しあればごめんなさい)「自治事務」だったら各自治体がどう使おうが勝手じゃあないかとゆうのは暴論だろうか。そうとしか解釈できませぬ。
迷走とゆうより暴走気味の弁護士さん。やんちゃだなあ。
追記)12,000円の価値を月当たりに換算すると。
年収18,000千円のひとにとっては0.8%にしかならない。(総務省の限界のお達し)
年収4,000千円のひとにとっては3.6%である。消費税より低い。(府知事の区切り)
年収1,200千円のひとにとっては12%である。(生活保護、年金生活者の概算)
頗る大雑把な計算であるが重みが違う。地方自治を重視するなら実践に移せばいいではないか、丸投げ政府。
あくまで応急処置なので早く止血をしなくてはならない。ばらまきとか某与党の人気取りであっても、まだ即決即効ならば増税しまっせワンセットの多少の荒療治でもその治療を瀕死の怪我人は受け容れたかもしれない。しかしあかんやろここまで放置しておかれたら怪我人はその荒療治が的確なものか否かを考え始める。増税の話はなかったことにしておいたらいいのに。
おまけに最悪なことに医師の治療方針が二転三転しているので不信感を抱いてしまうのである。謙遜ではなく、わたくしは高額所得者ではない。がしかし、高額所得者は普段にそれなりの税金を支払っているのである。そうゆう意味では不公平ではない。色気を出して公平平等などと言い始めるので勘違いが発生した。
元来理念なき応急処置なのであるから事務処理等のコストを考えれば矜持だとか眠たいこといっておらずに一律にばらまけばやれやれ不毛な論議が展開されているなあと辟易していると橋下知事が奇襲攻撃。
「給付金」原資に雇用対策を──橋下・大阪府知事が提案しかし400万円とはええ線ねらってます。
大阪府の橋下徹知事は7日、府内の市町村長との意見交換会で、定額給付金制度を活用して雇用対策や学校の耐震化を行う構想を提案した。給付対象を年間所得 400万円未満などに制限、余った補助金を原資にするアイデア。事務作業は市町村職員で対応せず、補助金で臨時職員を雇い「ワークシェアリングする」(橋下知事)という。
ただ、総務省定額給付金室は「所得制限で生じた余剰金は国庫に返還する制度。給付対象を制限する場合の所得の下限も1800万円に設定している」と難色を示しており、実現は難しそうだ。
構想では、各市町村が給付金に制限を設けることで総額500億―600億円の余剰金を生み出し、給付金の事務を担当する臨時職員3000―4000人を雇用。余剰金を校舎の耐震化などにも振り向ける。
橋下知事は「2月議会に提案し4月から実施したい」と話した。市町村側は、倉田薫・池田市長が「時間的余裕もなく実際には不可能に近い」と否定的な一方、「知事がやるならついていく」と評価する声もあった。
(「日経ネット関西版」2009/01/08より)」
因みに「大阪府人事行政の運営等の状況(2006年度)」によれば府職員は84,998人で年間で、給料は383,797,420千円とある。しかし曲者なのが御存知の厚い「手当」で職員手当116,196,695千円、期末・勤勉手当が162,825,764千円なので合計662,819,879千円である。年間の一人当たり給与費の平均は7,798千円となるわけである。貰えない。残念でした。
もひとつ因みに総務省の2007年度の家計調査(Excelデータ)によれば一世帯当たりの年間収入の平均は総世帯で5,520千円、勤労者世帯で6,370千円である。一世帯あたりであります。
弱者の味方たるこーめいパーティの理念(あればですけど)に則るのであればまさに理想ではないか。また仕事増える残業増えると文句もワークシェアで言われることもなく雇用対策にもなるじゃん。また無意味か有意味かは不明の道路ハコモノではなくって緊急を有する学校校舎の耐震工事ならば文句を言うひとはいないでしょう。
もひとつ理解らないのがこの給付金の扱いでして、これは「法定受託事務」と解釈すべきなのか「自治事務」なのか不明。昨年、太郎さんが所得制限の判断を地方自治体丸投げにしちゃったとき、とある事情からちょうど地方自治法を少しかじってましてこれはどう考えても「法定受託事務」とは解釈できない。とゆうことは必然的に同法二条八項の「自治事務」だろう。(二条九項の法定受託事務の見逃しあればごめんなさい)「自治事務」だったら各自治体がどう使おうが勝手じゃあないかとゆうのは暴論だろうか。そうとしか解釈できませぬ。
迷走とゆうより暴走気味の弁護士さん。やんちゃだなあ。
追記)12,000円の価値を月当たりに換算すると。
年収18,000千円のひとにとっては0.8%にしかならない。(総務省の限界のお達し)
年収4,000千円のひとにとっては3.6%である。消費税より低い。(府知事の区切り)
年収1,200千円のひとにとっては12%である。(生活保護、年金生活者の概算)
頗る大雑把な計算であるが重みが違う。地方自治を重視するなら実践に移せばいいではないか、丸投げ政府。
2009年01月07日
廿の書き順
他人の短所を見つけるは易し、長所を探しなはれと、わたくしは自戒しております。
ですが、誹謗中傷も極力しないつもりであれど(してるかもしれないけど)やはり限界であります。一国の代表が情けないくらい国語力がない、やはりこれは恥ずべき問題である。えらそーなこと言っておりますがわたくしも甚だ怪しいものであります。書道は苦手だし、てめえ万一やってみろとゆう指名ならば下手な字で恥をさらしますよ。さらに正確な知識が、流行の漢字検定なんてえのも自信はない。そんなボケですけど「廿十」ってのに対し少なからず違和感を抱く程度の見識はあるつもり(汗)です。
しかし現政権はその統治能力の欠如があんまりなので、何でもかんでも揚げ足を取られるのでありましょう。
それにクイーンズイングリッシュは達者なのでしょうが昨年来からの国語教育の未熟さが厭とゆうほど露呈してるので、学習能力向上させるべき青少年からしたら、あのてーどで首相になれるのかと思われても仕方がない。あかんは。
それにしても讀賣系だけだよなあ記事にしているのは。そのお習字の画像が無断転載お断りとなっているので堅いこと言わんとと思うが画像は使いづらいので自民党のホーム頁より「修正済み」のものを拝借いたしました。
しかし讀賣の記者も記事にするのに『大辞泉』などちゅう程度のしかも国語辞典で廿は二十の意味だと断言するところが如何なものだろうか、せめて漢和辞典くらいは牽くのが筋じゃあねえか、記すべきじゃあねえかと苦言を呈したい。漢字のこと調べるのに使うか。
国語辞典にするのだったら『日本国語大辞典』くらいは必要であると思う次第。仮にも一国の宰相にケチつけるのですし。
ここで疑問。太郎さまの筆跡の「廿」とゆう字を観察したところ「横棒」→「L」→「縦棒」といった書き順ではないかと推定されるのであるけれど、どー考えてもあの漢字は「十十」と十が二個並んだ構造の漢字なのである。じゃあ「横棒」→「縦棒」→「縦棒」→「底の横棒」になるのではないか構造上。
これは書き順がどちらでもいいのか、太郎ちゃんまた下手こいたのかどちらなのか、何か書の道特有の掟でもあるのか、わたくしにはさっぱり理解らないのでございました。
拙宅には『新字源』しかないし、その辞典には書き順には触れていない。まあ同じ構造の「立立」と立の並んだ「並」の書き順はどうなんだと問い詰められたら返事に窮してしまう。
そもそも、どうしてこの漢字を選んだのか、根本的に理解らないのでありました。何か書道のきまりでもあるのだろうか、熟知していないのによお。普通に二十にすりゃあいいのに。
つながり)
「アラビア数字と横書き文」
ですが、誹謗中傷も極力しないつもりであれど(してるかもしれないけど)やはり限界であります。一国の代表が情けないくらい国語力がない、やはりこれは恥ずべき問題である。えらそーなこと言っておりますがわたくしも甚だ怪しいものであります。書道は苦手だし、てめえ万一やってみろとゆう指名ならば下手な字で恥をさらしますよ。さらに正確な知識が、流行の漢字検定なんてえのも自信はない。そんなボケですけど「廿十」ってのに対し少なからず違和感を抱く程度の見識はあるつもり(汗)です。
漢字は今年も鬼門?麻生首相、書き初めで筆滑る本件について、本業をもっときっちりしてくれていたら記事にもならなかったでしょうが。その昔に田中角栄のつくったとされる漢詩に対して出来がいまいちだとかへたくそだとかゆう皮肉っぽいコメントがあったが、どうでもいいことみたいであった。それでも好悪は別として角栄には統治能力があった。
麻生首相が4日の年頭記者会見で見せた「書き初め」の落款が話題になっている。
落款は書画に添える筆者の署名で、色紙にあらかじめ「平成廿十一年新春 麻生太郎」と記されていた。国語辞典「大辞泉」などによると、「廿」は1文字で「二十」を意味し、「下の『十』はいらない」というのだ。
自民党のホームページが元日付で掲載した首相の「年賀状」の日付も「平成廿十一年元旦」。1日にはインターネットで「『廿一』が正解ではないか」と指摘されていた。首相は昨年、漢字で痛い目にあっただけに、与党には「首相官邸のチェック体制はどうなっているのか」と深刻に受け止める向きもある。
(「讀賣新聞」2009年1月6日01時52分より )
しかし現政権はその統治能力の欠如があんまりなので、何でもかんでも揚げ足を取られるのでありましょう。それにクイーンズイングリッシュは達者なのでしょうが昨年来からの国語教育の未熟さが厭とゆうほど露呈してるので、学習能力向上させるべき青少年からしたら、あのてーどで首相になれるのかと思われても仕方がない。あかんは。
それにしても讀賣系だけだよなあ記事にしているのは。そのお習字の画像が無断転載お断りとなっているので堅いこと言わんとと思うが画像は使いづらいので自民党のホーム頁より「修正済み」のものを拝借いたしました。
しかし讀賣の記者も記事にするのに『大辞泉』などちゅう程度のしかも国語辞典で廿は二十の意味だと断言するところが如何なものだろうか、せめて漢和辞典くらいは牽くのが筋じゃあねえか、記すべきじゃあねえかと苦言を呈したい。漢字のこと調べるのに使うか。
国語辞典にするのだったら『日本国語大辞典』くらいは必要であると思う次第。仮にも一国の宰相にケチつけるのですし。
ここで疑問。太郎さまの筆跡の「廿」とゆう字を観察したところ「横棒」→「L」→「縦棒」といった書き順ではないかと推定されるのであるけれど、どー考えてもあの漢字は「十十」と十が二個並んだ構造の漢字なのである。じゃあ「横棒」→「縦棒」→「縦棒」→「底の横棒」になるのではないか構造上。
これは書き順がどちらでもいいのか、太郎ちゃんまた下手こいたのかどちらなのか、何か書の道特有の掟でもあるのか、わたくしにはさっぱり理解らないのでございました。
拙宅には『新字源』しかないし、その辞典には書き順には触れていない。まあ同じ構造の「立立」と立の並んだ「並」の書き順はどうなんだと問い詰められたら返事に窮してしまう。
そもそも、どうしてこの漢字を選んだのか、根本的に理解らないのでありました。何か書道のきまりでもあるのだろうか、熟知していないのによお。普通に二十にすりゃあいいのに。
つながり)
「アラビア数字と横書き文」
2009年01月05日
本気かこんにゃく消費者庁
昨日触れようかとしたけれど年始早早に不幸な事故も何だかなあと躊躇してしまったことと、画像が会社のPCにしかないからのも理由で本日になってしまいました。
恒例のように全国各地で餅による窒息等の死亡事故が相次いでいる点でございます。昨年も本件に関して多くの議論がなされておりましたのでありますが、結局マンナンライフは商品を発売再開したのであります。一口タイプのこんにゃく入りゼリーの事故防止強化策によりますと
(1)パッケージ正面に警告マークを大きく入れる。
(2)裏面の警告表示に「凍らせないように」という警告文の追記。
(3)個包装にも警告マークを入れる。
(4)こんにゃく粉を減量した製品を製造する。
上記の改善策によって野田聖子大臣のお赦しを乞うているのでありました。「こんにゃく入りゼリー物性等改善方策検討委員会」なる冗談のような組織までつくっております。やはり真剣に軟着陸を狙っているみたいな感じ。涙ぐましい。

大阪某所で偶然見つけました。
餅より危険度が低いとかそんなことは別にして、あらゆる消費財には危険度ゼロにするわけにはまいりません。その昔にPL法がでけたときに、おいおいこりゃあ、なんぼなんでも消費者をバカにしとるのかとしか思えない。バカな某国を模倣しているだけではないか。悪質か否かのガイドラインをどこで引くかは別にしてそこまでやるか。この慇懃無礼な親切さは元来から鉄道のアナウンスのおせっかいな五月蠅い土壌がある日本だから堪らない。
タバコには発癌のリスクが大きく明記されているのは情勢からして仕方がないかもしれない。(異論はあるかもしれないが)したらばスナック菓子の裏面には「メタボの方は食しないで下さい」とか「ハイカロリー栄養のバランスを欠いています」とか注意書きなさいと野田大臣は注意するのだろうか。してくれなきゃ困るよなあ。
かつて二玄社だったと記憶している自動車雑誌のライターが、黒っぽい色の自動車の塗装が夜間に識別され難くて危ないから明るい色にしないといけないのではと?との読者の悩みの如き問いに対しこう答えた。
「じゃあ同様の理由で服の色を決めますか?あなた、個人の自由ですよ。どんな色であろうと」
なるほど趣味性の問題なんだなあ。
餅も蒟蒻畑もパンも、このライター(多分トクダイジだ)の主張しているところの趣味性に近い許容範囲なのではなかろうか。これに反して消費者庁的観点からすればですよ、ええマンナンライフに対する排斥措置は、ええ年齢こいた大人に対し、黄色い帽子を義務づけられている小学生扱いで、黒っぽい服を着るなと強制しているようなものである。
前述の悪質か否か問題と同様どこからが黒っぽいのか、明るくて視野性に富んでいるのかを決めるようなものだし。わたくしが着用している青い外套をいきなり高飛車なおばはんが見咎め、その色は青じゃなくって濃紺だから危険だから着るのは止めなさいと注意されるよーな感じがいたします。その考えのほうが危険だろうーけど。
じゃあ、合理的に行こうじゃないか。あの自動車保険の料率ってえのがありましたでしょう。事故を起こし易い車種(スポーツカーだよなあ)が高くなり、おとなしめの車種(おとなしめって何だろう)は安くなるってえやつです。この科料の判定が何を基準にしているのか不明でありますけど。リスクに応じて保険料率が変動するあれあれ。
危険性の高さから、黒い自動車の科料を高くする。頗る合理的である。まさか学者が同様に税率を変えることにより衣服の色も同じような規制(インセンティブって用語で説明するだろう)を設けるのであれば川久保玲調の衣服(よく知らぬが)も排斥されてるような気がいたします。
大阪のひとの衣装は阪神タイガースの黄色と黒コンビネーションが多いから(笑)一等安全です。
冗談はさておき、本日年末年始に選挙対策でへとへとになっておられる代議士の先生は黒いフォーマルなセダンで乗りつけるのでしょうか。
推測ですがこの年末年始十人はお亡くなりになっているでしょう。ワタナベ代議士の内紛でジミン党のみなさんはそれどころじゃあないのかもしれませんし、もしかすっと、本当はどうでもよかったのではないのでしょうか消費者庁なんて。
つながり)
「怪しげなものだらけ」
「こんにゃく食えない紋次郎」
恒例のように全国各地で餅による窒息等の死亡事故が相次いでいる点でございます。昨年も本件に関して多くの議論がなされておりましたのでありますが、結局マンナンライフは商品を発売再開したのであります。一口タイプのこんにゃく入りゼリーの事故防止強化策によりますと
(1)パッケージ正面に警告マークを大きく入れる。
(2)裏面の警告表示に「凍らせないように」という警告文の追記。
(3)個包装にも警告マークを入れる。
(4)こんにゃく粉を減量した製品を製造する。
上記の改善策によって野田聖子大臣のお赦しを乞うているのでありました。「こんにゃく入りゼリー物性等改善方策検討委員会」なる冗談のような組織までつくっております。やはり真剣に軟着陸を狙っているみたいな感じ。涙ぐましい。
大阪某所で偶然見つけました。
餅より危険度が低いとかそんなことは別にして、あらゆる消費財には危険度ゼロにするわけにはまいりません。その昔にPL法がでけたときに、おいおいこりゃあ、なんぼなんでも消費者をバカにしとるのかとしか思えない。バカな某国を模倣しているだけではないか。悪質か否かのガイドラインをどこで引くかは別にしてそこまでやるか。この慇懃無礼な親切さは元来から鉄道のアナウンスのおせっかいな五月蠅い土壌がある日本だから堪らない。
タバコには発癌のリスクが大きく明記されているのは情勢からして仕方がないかもしれない。(異論はあるかもしれないが)したらばスナック菓子の裏面には「メタボの方は食しないで下さい」とか「ハイカロリー栄養のバランスを欠いています」とか注意書きなさいと野田大臣は注意するのだろうか。してくれなきゃ困るよなあ。
かつて二玄社だったと記憶している自動車雑誌のライターが、黒っぽい色の自動車の塗装が夜間に識別され難くて危ないから明るい色にしないといけないのではと?との読者の悩みの如き問いに対しこう答えた。
「じゃあ同様の理由で服の色を決めますか?あなた、個人の自由ですよ。どんな色であろうと」
なるほど趣味性の問題なんだなあ。
餅も蒟蒻畑もパンも、このライター(多分トクダイジだ)の主張しているところの趣味性に近い許容範囲なのではなかろうか。これに反して消費者庁的観点からすればですよ、ええマンナンライフに対する排斥措置は、ええ年齢こいた大人に対し、黄色い帽子を義務づけられている小学生扱いで、黒っぽい服を着るなと強制しているようなものである。
前述の悪質か否か問題と同様どこからが黒っぽいのか、明るくて視野性に富んでいるのかを決めるようなものだし。わたくしが着用している青い外套をいきなり高飛車なおばはんが見咎め、その色は青じゃなくって濃紺だから危険だから着るのは止めなさいと注意されるよーな感じがいたします。その考えのほうが危険だろうーけど。
じゃあ、合理的に行こうじゃないか。あの自動車保険の料率ってえのがありましたでしょう。事故を起こし易い車種(スポーツカーだよなあ)が高くなり、おとなしめの車種(おとなしめって何だろう)は安くなるってえやつです。この科料の判定が何を基準にしているのか不明でありますけど。リスクに応じて保険料率が変動するあれあれ。
危険性の高さから、黒い自動車の科料を高くする。頗る合理的である。まさか学者が同様に税率を変えることにより衣服の色も同じような規制(インセンティブって用語で説明するだろう)を設けるのであれば川久保玲調の衣服(よく知らぬが)も排斥されてるような気がいたします。
大阪のひとの衣装は阪神タイガースの黄色と黒コンビネーションが多いから(笑)一等安全です。
冗談はさておき、本日年末年始に選挙対策でへとへとになっておられる代議士の先生は黒いフォーマルなセダンで乗りつけるのでしょうか。
推測ですがこの年末年始十人はお亡くなりになっているでしょう。ワタナベ代議士の内紛でジミン党のみなさんはそれどころじゃあないのかもしれませんし、もしかすっと、本当はどうでもよかったのではないのでしょうか消費者庁なんて。
つながり)
「怪しげなものだらけ」
「こんにゃく食えない紋次郎」
2008年12月26日
会社から逃げたい世代
わたくしが社会に入った頃は終身雇用が生きていました。
社に就いて職業教育を受ける入社後の数年間は会社からすると元が取れていない。働く側からすれば、もらい過ぎているような気がしないわけではない。しかし、五年十年と経ると「働き盛り」で割安で良好な労働を提供するようになる。これは謂わば会社が労働者に振り込んだ手形の如きものであります。何故ならば、三十年経ち労働期間末期になれば働き以上の高給がもらえるからだ。そこそこの額のひともおればものすごい額のひともいらっしゃいますが労働の対価としては割高になる。ようよう手形が落ち始めるみたいなものである。会社が良好な状態で続く限りは。
それが「そんな制度ありましたでしょうか」になっちゃった。
後年、実力主義導入とやらで空手形になりつつある。
このようなことを申しあげるのは、厚生労働省の定義されるところの「中高年」になってそれほど経っていないわたくしの世代のなかに、早く会社から逃れたい、現在のうちに手形を現金化しておきたいとゆう風潮が、不況云云を別にしてあるのでございます。
人員整理や倒産を目の当たりにしていると、成果主義だといつ裏切られるやら理解りはしない、出来れば早くこのまま大禍なく静かに十余年の時間が過ぎて欲しいと切に願うわけである。殊に一社に忠誠を誓っている会社人は潰しがきかない場合が多い。ましてや再雇用は難事である。
まだ逃げたい対象があるだけでもいいじゃないかとの御意見もあろうし既得権離したくない恵まれたひとたちではある。派遣切りでぬくぬくしてると見做される正社員中高年はバッシングされている世の中である。
この日本株式会社のシステムって何かに似てるなあ。これってまるで年金じゃん。

泉谷しげるまで動員してらっしゃる。厚生労働省かんけーの独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構の方針みたい。
二十年前の弊社の定年は五十七歳でした。現在は六十歳。それを段階的に六十五歳まであげろとゆう指導。もう五年延ばして七十歳までいくか。
これで年金制度大丈夫です安心ですと言われてもねえ。
この独立法人の「能力は年齢に関係ない」「いきいき元気!!」とかゆう広告が地下鉄で目障りなのである。これがロスジェネ世代の雇用の機会を圧迫している。矛盾しているなあ。厚生労働省さん。ない袖は振れないので中高年に死ぬ間際まで働いてもらって年金の支出を渋りたい。しかし若い世代にもバンバン働いてもらって原資にしたい。両立できるのかよう。どちらにもええ顔できない筈である。
そんなに国民に学習能力がないと思ってるわけ。思ってるのだろうなあ。親方の厚生労働省の九月二十六日発表のいわゆる「2009年問題」への対応について(下記全文)を拝見するに、口先だけの何だかその場しのぎで何の薬効もないような脱力した美辞麗句。強制力はないでしょうに。高齢者雇用も同様。
実際、このようにして若い世代は結婚できず、若しくは結婚してもノーキッズ志向で少子化に拍車がかかりますます状況は悪化するのでありました。
いわゆる「2009年問題」への対応について
社に就いて職業教育を受ける入社後の数年間は会社からすると元が取れていない。働く側からすれば、もらい過ぎているような気がしないわけではない。しかし、五年十年と経ると「働き盛り」で割安で良好な労働を提供するようになる。これは謂わば会社が労働者に振り込んだ手形の如きものであります。何故ならば、三十年経ち労働期間末期になれば働き以上の高給がもらえるからだ。そこそこの額のひともおればものすごい額のひともいらっしゃいますが労働の対価としては割高になる。ようよう手形が落ち始めるみたいなものである。会社が良好な状態で続く限りは。
それが「そんな制度ありましたでしょうか」になっちゃった。
後年、実力主義導入とやらで空手形になりつつある。
このようなことを申しあげるのは、厚生労働省の定義されるところの「中高年」になってそれほど経っていないわたくしの世代のなかに、早く会社から逃れたい、現在のうちに手形を現金化しておきたいとゆう風潮が、不況云云を別にしてあるのでございます。
人員整理や倒産を目の当たりにしていると、成果主義だといつ裏切られるやら理解りはしない、出来れば早くこのまま大禍なく静かに十余年の時間が過ぎて欲しいと切に願うわけである。殊に一社に忠誠を誓っている会社人は潰しがきかない場合が多い。ましてや再雇用は難事である。
まだ逃げたい対象があるだけでもいいじゃないかとの御意見もあろうし既得権離したくない恵まれたひとたちではある。派遣切りでぬくぬくしてると見做される正社員中高年はバッシングされている世の中である。
この日本株式会社のシステムって何かに似てるなあ。これってまるで年金じゃん。

泉谷しげるまで動員してらっしゃる。厚生労働省かんけーの独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構の方針みたい。
「70歳まで働ける社会の実現を目指して」へえええ。
700万人の団塊の世代が4年後の2012年には65歳に到達し始め、4人に1人が65歳以上とな ります。このような急速な高齢化に対応するべく、厚生労働省及び当機構におきましては一昨年8月「『70歳まで働ける企業』の実現に向けた提言」を取りまとめ、これを基に70歳まで働ける企業の実現に向けた様々な取り組みを進めているところです。
高齢者の就労意欲は高く、65歳を超えても働きたいとする人は約7割に達している一方、企業の側でも「70歳雇用への取組が必要である」と考えているところが3社に2社の割合(2008年2月「『高齢従業員を対象とした継続雇用制度』に関するアンケート結果」)に達しており、70歳雇用への取組は具体的な枠組み作りに向けた段階にあると考えられます。
そこで、専門家、企業経営・人事管理者からその実態や今後の具体的な展開を中心にご議論頂きながら、どのような取組を行えば70歳まで働ける仕組みや環境が整えられるかについて、みなさまと一緒に考えて行きたいと思います。
みなさまの参加をお待ちしております。
二十年前の弊社の定年は五十七歳でした。現在は六十歳。それを段階的に六十五歳まであげろとゆう指導。もう五年延ばして七十歳までいくか。
これで年金制度大丈夫です安心ですと言われてもねえ。
この独立法人の「能力は年齢に関係ない」「いきいき元気!!」とかゆう広告が地下鉄で目障りなのである。これがロスジェネ世代の雇用の機会を圧迫している。矛盾しているなあ。厚生労働省さん。ない袖は振れないので中高年に死ぬ間際まで働いてもらって年金の支出を渋りたい。しかし若い世代にもバンバン働いてもらって原資にしたい。両立できるのかよう。どちらにもええ顔できない筈である。
そんなに国民に学習能力がないと思ってるわけ。思ってるのだろうなあ。親方の厚生労働省の九月二十六日発表のいわゆる「2009年問題」への対応について(下記全文)を拝見するに、口先だけの何だかその場しのぎで何の薬効もないような脱力した美辞麗句。強制力はないでしょうに。高齢者雇用も同様。
実際、このようにして若い世代は結婚できず、若しくは結婚してもノーキッズ志向で少子化に拍車がかかりますます状況は悪化するのでありました。
いわゆる「2009年問題」への対応について
2008年12月17日
アラビア数字と横書き文
池田信夫教授が「ハンコ・元号・縦書きをやめよう」と仰せられてますけど、縦書き廃止論者は日本語を縦書きで手書きしていないのとちゃうのんと推察してしまった。縦書きのノートなんて少数派だもんね。読み易いとゆう視点で肯定的な御意見はございますが、書く側の立場から遠い。読むだけでなく書く場合でも横書きは基本的に向いておりません。PCでどーしても縦書きする奇特なひとって、たまづさかいな。
ハンコと元号については無形文化財でよくって、決して公的に認知されている実状(これまでと同じでいいとゆう役所的発想)は廃棄して公務にかかる事務コストを削減することに吝かではありません。
で縦書きの件。
わたくしは某業界の広報委員長とやらになってしまっていて広報誌の責任者になっているのですが、手書きもあるけど横書きの原稿が増えてまいりまして、これまで縦書きだったものを横書きにいたしました。
どうして、いけ好かない横書きにしたのは、原稿を縦書きに割り付けするときのなんともいえない気色悪さでございます。例えばウインドウズとゆう表記をカタカナの「ウインドウズ」ならば問題ないのですけど「Windows」となさった場合にアルファベット全てが上部になっている場合(追記:原稿用紙もしくはエクセルのセルひとますに「W」「i」「n」と書いていらっしゃる)と九十度回転してる場合(追記:横向きで三ますくらいで足りる、縦指定なのに横書き原稿等の直メイルにならば問題意識なし)がございます。これってどうなのよ。前者は申しわけないけどまぬけな感じがするし、後者は厳格な立場からするとおいおい横向きにして読むのかいなとなる。また字数の計算もバイト数が異なって平気だし、等幅の場合とプロポーショナルの場合とで字数の計算できないもんなあ。
それと数字の問題がございます。
「2008」年と縦書き原稿に「2008」を原稿用紙ひとますにお入れになって下さる場合がございまして印刷屋さんが細長い字体を苦労して詰め込むわけであります。(追記:Windowsの場合は無理だと思う)これも西洋のものでありますから「二〇〇八」と表すのには抵抗がある。
わたくしも結構ちゃらんぽらんなところがありますけど(ええ加減なんだから・笑)基本的にアラビア数字は使いたくない。これについては高島俊男が幾度も言及なさっておりまして
資料や統計を利用する機会は多いことでありましょう。こんな場合はやはりアラビア数字でシビアにいくことでしょう。漢数字だったらわけがわからない。ですけど昨年比9.85%ダウン予想とかなんとか書いている資料よりもも、一割落ちるみたいですねん!と訴えたほうが理解りよいのではないか。細かい数字憶えるのは贔屓の野球選手の打率とか防御率のときくらいなものとちゃいますか。
わたくし自身は、ブログとゆう場所に文字を綴っているときも潜在的に縦書きになったときのことを考えてしまうのでした。
つながり)
「西洋のエピタフ」
「続・コンビニ化する出版」
第8回 新聞の算用数字
ハンコと元号については無形文化財でよくって、決して公的に認知されている実状(これまでと同じでいいとゆう役所的発想)は廃棄して公務にかかる事務コストを削減することに吝かではありません。
で縦書きの件。
わたくしは某業界の広報委員長とやらになってしまっていて広報誌の責任者になっているのですが、手書きもあるけど横書きの原稿が増えてまいりまして、これまで縦書きだったものを横書きにいたしました。
どうして、いけ好かない横書きにしたのは、原稿を縦書きに割り付けするときのなんともいえない気色悪さでございます。例えばウインドウズとゆう表記をカタカナの「ウインドウズ」ならば問題ないのですけど「Windows」となさった場合にアルファベット全てが上部になっている場合(追記:原稿用紙もしくはエクセルのセルひとますに「W」「i」「n」と書いていらっしゃる)と九十度回転してる場合(追記:横向きで三ますくらいで足りる、縦指定なのに横書き原稿等の直メイルにならば問題意識なし)がございます。これってどうなのよ。前者は申しわけないけどまぬけな感じがするし、後者は厳格な立場からするとおいおい横向きにして読むのかいなとなる。また字数の計算もバイト数が異なって平気だし、等幅の場合とプロポーショナルの場合とで字数の計算できないもんなあ。
それと数字の問題がございます。
「2008」年と縦書き原稿に「2008」を原稿用紙ひとますにお入れになって下さる場合がございまして印刷屋さんが細長い字体を苦労して詰め込むわけであります。(追記:Windowsの場合は無理だと思う)これも西洋のものでありますから「二〇〇八」と表すのには抵抗がある。
わたくしも結構ちゃらんぽらんなところがありますけど(ええ加減なんだから・笑)基本的にアラビア数字は使いたくない。これについては高島俊男が幾度も言及なさっておりまして
大きくわけて、語は漢字、数は算用数字、というのがいまの新聞の用法だろう。一般的を1般的と書くことはないし、三寒四温を3寒4温と書くこともないだろう。引用文のなかで引用されているの中日新聞の軸足がしっかりしている。
さてある日の産経新聞を見よう。
ざっと見て最も見苦しい、あるいは無茶だと思うのは、縦見出しで四ケタの数を横並びにして一字分とすることである。「5万6000基開始」とある。6とおしまいの0とは横にはみ出している。記事のなかでもそうするのかと思えばそうではなく、「全国の約5万6000基」と縦に並んでいる。しかも「約」である。ぴったり一のケタまでゼロなのではなく、だいたい五万六千前後なのである。「六千」と書けばだいたい六千だが、「6000」では一のケタまでゼロがならんだ、ぴったり六千という数をあらわすことになってしまう。
(その一例が詳細は「新聞の算用数字」の一部から、下記全文)
資料や統計を利用する機会は多いことでありましょう。こんな場合はやはりアラビア数字でシビアにいくことでしょう。漢数字だったらわけがわからない。ですけど昨年比9.85%ダウン予想とかなんとか書いている資料よりもも、一割落ちるみたいですねん!と訴えたほうが理解りよいのではないか。細かい数字憶えるのは贔屓の野球選手の打率とか防御率のときくらいなものとちゃいますか。
わたくし自身は、ブログとゆう場所に文字を綴っているときも潜在的に縦書きになったときのことを考えてしまうのでした。
つながり)
「西洋のエピタフ」
「続・コンビニ化する出版」
第8回 新聞の算用数字
2008年12月09日
アポリネールの繃帯
わたくしの通っていた中学校の隣が養護学校だった。養護学校に通う生徒たちは正直なところ異物として映った。彼らと接触したさいに
「ようごが来たでえ、逃げろ」
とはやしたてる心ない生徒がいた。悲しいかなそのような日常がわたくしの周辺に現実として、あった。
近年の動きであるが、多分閉鎖されるであろう官立の授産施設があり官から民へその機能は移動することになる。しかしその機能は万全ではないまま一般社会に放出される。ケアが追いつかない可能性がある。不幸なことに異物が危害を加える場合を防ぐことは皆無ではないし、具体的な内容は差し控えるが実際にわたくしの近所でも痛ましい事件が起こった。
わたくしはここで敢えて異物と呼んでいる。礼を失することは承知のうえである。気を悪くしたかたにお赦しを願いたい。
危害が加わるか否かの判断できない。ただでさえギスギスした社会だから異物を排除する方向へ先鋭化するだろう。また情報の伝達の技術の発達がそれに拍車をかけることになる。
異物の範疇は多岐にわたる。
あるときはホームレスだったり、外国人だったり、躯の一部分が機能しなかったり、脳の縮小が進んでいたり、心が病んでいたり。

個人的な体験 (新潮文庫 お 9-10)
「見ました。赤んぼうは、ちょうどアポリネールみたいに頭に繃帯をまいていました」と鳥(バード)はいった。
(『個人的な体験』大江健三郎著 54頁より)
それまで気づかなかったことだが親になったときに、周囲の善良なひとびとが自然と発する
「五体満足でよかったですね」
という常套句が、悪意のないものだけに却って性質が悪い。
アポリネールの繃帯がまかれることになるのは、ティーンエイジャーか、働き盛りか、還暦近くか、いつやってくるのか理解らない。また貧富の差や容姿の美醜やテストの偏差値の高低で決まるわけでもない。誰もがアポリネールの繃帯をまく可能性があり得る。
なのに異物に対して礫を投げるひとびとはその可能性のあることの想像力が欠如しているのではないかと憂う。またここのところの報道機関やネットでの様子を眺めると気が滅入るのであった。
「ようごが来たでえ、逃げろ」
とはやしたてる心ない生徒がいた。悲しいかなそのような日常がわたくしの周辺に現実として、あった。
近年の動きであるが、多分閉鎖されるであろう官立の授産施設があり官から民へその機能は移動することになる。しかしその機能は万全ではないまま一般社会に放出される。ケアが追いつかない可能性がある。不幸なことに異物が危害を加える場合を防ぐことは皆無ではないし、具体的な内容は差し控えるが実際にわたくしの近所でも痛ましい事件が起こった。
わたくしはここで敢えて異物と呼んでいる。礼を失することは承知のうえである。気を悪くしたかたにお赦しを願いたい。
危害が加わるか否かの判断できない。ただでさえギスギスした社会だから異物を排除する方向へ先鋭化するだろう。また情報の伝達の技術の発達がそれに拍車をかけることになる。
異物の範疇は多岐にわたる。
あるときはホームレスだったり、外国人だったり、躯の一部分が機能しなかったり、脳の縮小が進んでいたり、心が病んでいたり。
個人的な体験 (新潮文庫 お 9-10)
「見ました。赤んぼうは、ちょうどアポリネールみたいに頭に繃帯をまいていました」と鳥(バード)はいった。
(『個人的な体験』大江健三郎著 54頁より)
それまで気づかなかったことだが親になったときに、周囲の善良なひとびとが自然と発する
「五体満足でよかったですね」
という常套句が、悪意のないものだけに却って性質が悪い。
アポリネールの繃帯がまかれることになるのは、ティーンエイジャーか、働き盛りか、還暦近くか、いつやってくるのか理解らない。また貧富の差や容姿の美醜やテストの偏差値の高低で決まるわけでもない。誰もがアポリネールの繃帯をまく可能性があり得る。
なのに異物に対して礫を投げるひとびとはその可能性のあることの想像力が欠如しているのではないかと憂う。またここのところの報道機関やネットでの様子を眺めると気が滅入るのであった。
2008年12月07日
産めよ増やせよと市場原理
わたくし集合住宅の理事長として困っております。
集合住宅大規模補修の積み立て金の原資となる立体駐車場の稼働率が五割になりそうであります。(「カローラないがしろ」参照)この稼働率では保守費用を込みにいたしますと損益分岐点です。近近実施される大規模補修の費用は確保済みでありますが、いつになるかは不明のその次の補修費用は捻出できません。どころか駐車場の維持が危うくなるわけであります。
かといって一戸に一台分の駐車場がありまっせとゆう価値は失い難い。やれやれ困りました。現在居住しているみなさまが自動車を所有していないか、所有していてもサイズが合わないか、他に安い駐車場があるので使っておられるのかのいずれかであります。わたくしは過去形ながら十年以上利用して料金を支払ってました。これって何かに似てますなあ。
あのその論理でいっちゃったら、小渕大臣はこどもが一人じゃん。少ない少ない。少子化まっしぐら。もう呆れて人数は忘れたけど大阪府知事ところみたいに三男四女七人子沢山一家みたいな(確か小渕大臣の旦那のところの会社で番組つくっていたのとちゃいますか)ひとが一等適任とゆう道理になるではないか。まあ最低三人は産んでいただかなくてはと念書でも交わさなきゃあ。一人の家庭維持する親と四人のシングルマザーと比較したらどちらが適任なんだろ。
また同条件ならば低年齢出産のほうが繁殖率が高いので(笑)ポイントは高いとゆうことになる。
話は若干戻りまして、見栄や道楽を別にすれば都会のどまんなかの居住しながら自動車を保有することは非合理的な行動であります。また保有していたとしても近所に廉価な駐車場があればそちらを利用することが理に適っております。畢竟人間とゆうものは自己ちゅうなわけです。
わたくしは二人の父親です。しかし周囲を見回しますと結婚しているひとが少ない。していてもこどもがいない。こどもがいても一人か二人である。三名以上は稀になっている。これには(駐車場と比べて申しわけないけど)いくらかの税額が異なるとはいえ、こどもを持つことのコストと持たないことで回避できるコストを比較すれば、持たないほうの優位性を選択したのではないかと、市場原理主義的の見地から言えるのではないでしょうか。
ああたいそうやなあ、損得勘定でかように人口構成比やら駐車場運営費は決定されるわけ。
つながり)
「セレブへの特命」
「番組になる子沢山」
集合住宅大規模補修の積み立て金の原資となる立体駐車場の稼働率が五割になりそうであります。(「カローラないがしろ」参照)この稼働率では保守費用を込みにいたしますと損益分岐点です。近近実施される大規模補修の費用は確保済みでありますが、いつになるかは不明のその次の補修費用は捻出できません。どころか駐車場の維持が危うくなるわけであります。
かといって一戸に一台分の駐車場がありまっせとゆう価値は失い難い。やれやれ困りました。現在居住しているみなさまが自動車を所有していないか、所有していてもサイズが合わないか、他に安い駐車場があるので使っておられるのかのいずれかであります。わたくしは過去形ながら十年以上利用して料金を支払ってました。これって何かに似てますなあ。
笹川・自民総務会長:「少子化相になれたのは、子供産んだから」 小渕氏起用で発言富国強兵かよう。(笑)ちょっと如何なものかと。首長の資質を疑いたくなるような象徴的な御発言であります。
自民党の笹川尭総務会長は6日、松江市内であったパーティーであいさつし、小渕優子少子化担当相=について「なぜ(担当相に)なれたかというと、子供を産んだから。結婚しても子供がいなければ『少子化(対策)の方法が分かっているのか』と言われる」と発言した。
子供を産まなければ少子化対策にあたることができないとも受け取れる発言で、今後論議を招きそうだ。
笹川氏は「人口は努力しないと増えませんよ。近ごろの若い人は努力が足りない」とも述べた。同氏は9月にも、米下院が金融安定化法案をいったん否決したことに関連し「下院議長は女性。男性とはひと味違うような気がする、リードが。それで破裂した」と発言していた。【山田夢留】
(「毎日新聞 2008年12月7日 東京朝刊」より)
あのその論理でいっちゃったら、小渕大臣はこどもが一人じゃん。少ない少ない。少子化まっしぐら。もう呆れて人数は忘れたけど大阪府知事ところみたいに三男四女七人子沢山一家みたいな(確か小渕大臣の旦那のところの会社で番組つくっていたのとちゃいますか)ひとが一等適任とゆう道理になるではないか。まあ最低三人は産んでいただかなくてはと念書でも交わさなきゃあ。一人の家庭維持する親と四人のシングルマザーと比較したらどちらが適任なんだろ。
また同条件ならば低年齢出産のほうが繁殖率が高いので(笑)ポイントは高いとゆうことになる。
話は若干戻りまして、見栄や道楽を別にすれば都会のどまんなかの居住しながら自動車を保有することは非合理的な行動であります。また保有していたとしても近所に廉価な駐車場があればそちらを利用することが理に適っております。畢竟人間とゆうものは自己ちゅうなわけです。
わたくしは二人の父親です。しかし周囲を見回しますと結婚しているひとが少ない。していてもこどもがいない。こどもがいても一人か二人である。三名以上は稀になっている。これには(駐車場と比べて申しわけないけど)いくらかの税額が異なるとはいえ、こどもを持つことのコストと持たないことで回避できるコストを比較すれば、持たないほうの優位性を選択したのではないかと、市場原理主義的の見地から言えるのではないでしょうか。
ああたいそうやなあ、損得勘定でかように人口構成比やら駐車場運営費は決定されるわけ。
つながり)
「セレブへの特命」
「番組になる子沢山」
2008年12月02日
プロジェクトX 万引き者たち
駄目だ、このままでは。イマイは危機感を募らせた。
イマイの会社は国民の皆さんの受信料で成り立っている。しかし支払ってもらえない。そうだ。戦後の成長期の日本を支えてきたひとびとを標的にしてみよう、逆風下のイマイはそう考えた。
そしてプロジェクトXに賭けた。
これはいけるぞ、イマイは直ぐさま手応えを感じた。
「おとーさんたちはこんなに偉かったんだとこどもたちに言えるのが何よりも嬉しい」との手紙が来た。
番組は絶賛された。
しかし、登りつめるてしまうと、どんなプロジェクトにも綻びが出てくるものだ。
その危惧は当たった。
妬まれる標的になった。捏造していると批難を受けた。他の局もやっている癖にと国営であることを棚に上げてしまっていた。
信頼は地に堕ちた。
そのとき株価が動いたこともあった。
逆風が再び吹き始めた。
しかし更迭されるわけでもなかった。
あるときイマイは渋谷で買物をしていた。レジは混雑している。おれは大物なんだ、こんなことで時間を費やしている暇はないと思った。
とにかくやってみろ!とプロジェクトXの声がした。
やってみる前から諦めるやつがいるか!
イマイは確信した。
そして実行した。
思いはかなう。挑戦する人間を運命は裏切らない、ううっ筈だった。
NHK職員万引き:理事が謝罪
イマイの会社は国民の皆さんの受信料で成り立っている。しかし支払ってもらえない。そうだ。戦後の成長期の日本を支えてきたひとびとを標的にしてみよう、逆風下のイマイはそう考えた。
そしてプロジェクトXに賭けた。
これはいけるぞ、イマイは直ぐさま手応えを感じた。
「おとーさんたちはこんなに偉かったんだとこどもたちに言えるのが何よりも嬉しい」との手紙が来た。
番組は絶賛された。
しかし、登りつめるてしまうと、どんなプロジェクトにも綻びが出てくるものだ。
その危惧は当たった。
妬まれる標的になった。捏造していると批難を受けた。他の局もやっている癖にと国営であることを棚に上げてしまっていた。
信頼は地に堕ちた。
そのとき株価が動いたこともあった。
逆風が再び吹き始めた。
しかし更迭されるわけでもなかった。
あるときイマイは渋谷で買物をしていた。レジは混雑している。おれは大物なんだ、こんなことで時間を費やしている暇はないと思った。
とにかくやってみろ!とプロジェクトXの声がした。
やってみる前から諦めるやつがいるか!
イマイは確信した。
そして実行した。
思いはかなう。挑戦する人間を運命は裏切らない、ううっ筈だった。
NHK職員万引き:理事が謝罪
2008年11月19日
さきだったもの勝ち
昨日、偶然介護保険の実態を報道している番組が朝あった。
むごいものである。老老介護や中年のシングルが親の介護をしているのである。八十代の細君が百歳越えの主人の介護をしている。四十代の独身男性が七十近い母親の介護をして職に就くことができない。
疲れ果てている彼らは何と従順なことだろうかなあ。「孝」が染み付いているのである。戦後この「孝」が瓦解した。

寄せては返す波の音
この番組の放映されていた頃、厚生省の元高官は息をしていなかったのであろう。
じゃあ、ふまじめで、だらしなくて不誠実な人とゆうのは誰なのか教えて下さいまし。厚生労働省の全員がまじめでしっかりして誠実だったらこんなこと(追記:主に年金問題のずさんさ)にはなっていないじゃん。山本夏彦風に言えば「みんなが誠実だいうことは、だれも誠実さがないという」ことになる。(追記:または誠実さが偏っていた)
今回の事件は勿論いいことではないと紋切り口調はするものの、厚生労働省を叩いておいて、急にトーンダウンするのは、また問題は別なんじゃあないのと言いたいのであろうよ、どーせ。
しかし、孝を尽くしている疲弊した介護をするひとが何人いるのかなあ、追い詰められた状況であることは間違いない、ああ長生きはしたくないものである。
追記)奇しくも「確かに「許し難い犯罪」なんだけどさ」で同じような内容があり。詳細は異なりますが。
記事全文
むごいものである。老老介護や中年のシングルが親の介護をしているのである。八十代の細君が百歳越えの主人の介護をしている。四十代の独身男性が七十近い母親の介護をして職に就くことができない。
疲れ果てている彼らは何と従順なことだろうかなあ。「孝」が染み付いているのである。戦後この「孝」が瓦解した。
孝が決定的になくなるのは戦後である。(中略)禽獣の親は仔が一人前になるまでは実によく面倒をみるが、一人前になるとあかの他人である。それが自然で孝は自然ではない、教育なのである。彼は再三再四、孝の件に言及しておられますので他にも同じ内容の文は散見できましょう。自らを回顧しても詮無きことなので、しない。教師おり反面教師おり。
だから支那では二千年以上かかって孝を教えこんだのである。いくら教えても自然でないものは一朝にして霧散霧消する。いまの親の老後は子供の全員がみることになっているが、全員が見るということは誰も見ないことで、子は国に老人ホームをつくれという。
(「さきだつ不孝をお許し下さい」初出「山本夏彦の写真コラム1998年5月28号より)
寄せては返す波の音
この番組の放映されていた頃、厚生省の元高官は息をしていなかったのであろう。
山口さんが官房長時代、厚生事務次官だった多田宏さん(69)は「山口さんはまじめで、しっかりした男。誠実な人だった。こんな事件が相次ぐなんて、信じられない。経験者なら、だれでも狙われるというのか。なにが狙いなのかわからない」と言った。揚げ足を取るようですが「山口さんはまじめで、しっかりした男。誠実な人だった」とゆうのはとにかく理解った。
(「許し難い犯罪」厚労省緊迫 次官経験者ら「ショック」「asahi.com 11/19」より・下記全文)
じゃあ、ふまじめで、だらしなくて不誠実な人とゆうのは誰なのか教えて下さいまし。厚生労働省の全員がまじめでしっかりして誠実だったらこんなこと(追記:主に年金問題のずさんさ)にはなっていないじゃん。山本夏彦風に言えば「みんなが誠実だいうことは、だれも誠実さがないという」ことになる。(追記:または誠実さが偏っていた)
今回の事件は勿論いいことではないと紋切り口調はするものの、厚生労働省を叩いておいて、急にトーンダウンするのは、また問題は別なんじゃあないのと言いたいのであろうよ、どーせ。
しかし、孝を尽くしている疲弊した介護をするひとが何人いるのかなあ、追い詰められた状況であることは間違いない、ああ長生きはしたくないものである。
追記)奇しくも「確かに「許し難い犯罪」なんだけどさ」で同じような内容があり。詳細は異なりますが。
記事全文
2008年11月13日
驕れる豊田は久しからず
まあ世界一優等生の自動車会社からすると「自動車産業」が日本経済の中核であるとゆう自負がございますし政策的に優遇されているわけだし大袈裟ながら保護されているといっても過言ではない。
一応、敢えて日本経済新聞の記事から。
こちらでは「大きな会社じゃない」と記されているが他紙では「地方の中小企業」とゆう表現もあり。地方の中小企業ってゆうと規模は大きくないにせよ数はバカになりません。地方の中小企業を顧客としてみていないわけであります。中小企業の社用車にスリーポインテッドはどうもなあの需要も下手したら失うわけであります。
じゃあ、役所と大企業と相手に商売するわけだ。都会を中心として。御立派なことです。ディーラーさん大変だ。
日経で「関係者」とゆうのが浅野史郎委員であることは他紙に載っており、なかで気になるのが朝日新聞で
それでもって厚生労働行政の在り方に関する懇談会第三回を読んでいて、テリー伊藤が委員にいらっしゃる。へええ。(この内容がまた問題ありありだけど割愛させていただきます)テリー伊藤は落選でしょうと推測。
へええ、雇用問題も話し合っているんじゃないか。非正規雇用者と正規雇用者の行政問題も絡み、とゆうことは当該の利害関係の絡む奥田座長がとりしきっているこの厚生労働行政の在り方に関する懇談会とゆうのは第三者機関としては健全とは言えないのではないかと愚考する次第であります。
気の悪い話でございます。ほうがんびいきより。
つながり)
「カローラないがしろ」
「貞子ちゃんへのアドバイス」
「即時即納在庫なし」
「絶望工場資材係長の怒り」
一応、敢えて日本経済新聞の記事から。
トヨタ・奥田氏「厚労省たたき異常」 ワイドショー報道など批判あのう、まずパチンコ屋とサウナとうどん屋はこの会社の製品不買運動しないと気が済まないのではなかろうか。
「スポンサーをやめようかなとも思う」。政府の「厚生労働行政の在り方に関する懇談会」の座長を務める奥田碩トヨタ自動車取締役相談役が12日の会合で、ワイドショーなどの番組での過度な厚生労働省たたきに不快感をあらわにした。
奥田氏は「テレビが朝から晩まで年金や厚労省の問題をあれだけ毎日やるのはちょっと異常な話。正直言ってマスコミに報復してやろうかな」と発言。「ああいう番組のスポンサーは大きな会社じゃない。パチンコ屋とかサウナとかうどん屋とか」とまくし立てた。
関係者は「マスコミ公開の会議であることを忘れていたのでは」と奥田氏をかばったが、経済界の大御所の発言だけに波紋を呼ぶ可能性もある。
(「NIKKEI.NET 11/12 23:06」より)
こちらでは「大きな会社じゃない」と記されているが他紙では「地方の中小企業」とゆう表現もあり。地方の中小企業ってゆうと規模は大きくないにせよ数はバカになりません。地方の中小企業を顧客としてみていないわけであります。中小企業の社用車にスリーポインテッドはどうもなあの需要も下手したら失うわけであります。
じゃあ、役所と大企業と相手に商売するわけだ。都会を中心として。御立派なことです。ディーラーさん大変だ。
日経で「関係者」とゆうのが浅野史郎委員であることは他紙に載っており、なかで気になるのが朝日新聞で
奥田氏の発言は、厚労行政の問題点について議論された中で出た。「私も個人的なことでいうと、腹立っているんですよ」と切り出し、「新聞もそうだけど、特にテレビがですね、朝から晩まで、名前言うとまずいから言わないけど、2、3人のやつが出てきて、年金の話とか厚労省に関する問題についてわんわんやっている」と指摘し、「報復でもしてやろうか」と発言。の「名前言うとまずいから言わないけど、2、3人のやつ」って誰だか言えよ。はっきりせいよ。そのひとを番組から干すつもりなのでありましょうか。誰だろうなあ。気になる気になる。本当に気になる。みのもんたは当確だろうし(汗)彼の番組に浅野史郎委員がよく出演して「わんわんやっていた」でしょうに。この辺りが不明確。
(「asahi.com 2008年11月12日21時7分」より)
それでもって厚生労働行政の在り方に関する懇談会第三回を読んでいて、テリー伊藤が委員にいらっしゃる。へええ。(この内容がまた問題ありありだけど割愛させていただきます)テリー伊藤は落選でしょうと推測。
へええ、雇用問題も話し合っているんじゃないか。非正規雇用者と正規雇用者の行政問題も絡み、とゆうことは当該の利害関係の絡む奥田座長がとりしきっているこの厚生労働行政の在り方に関する懇談会とゆうのは第三者機関としては健全とは言えないのではないかと愚考する次第であります。
気の悪い話でございます。ほうがんびいきより。
つながり)
「カローラないがしろ」
「貞子ちゃんへのアドバイス」
「即時即納在庫なし」
「絶望工場資材係長の怒り」
2008年11月07日
カローラないがしろ
自動車会社に対し現在まで儲けすぎなんだようと思うのであります。下請け叩きが強烈になるだろうなあ。合法的な協力と称して。弊社としても間接的にいろいろと困るでしょうけど。それにしても悪いとはいえ六千億円もの営業利益があるのだから儲けすぎといえば儲けすぎだあ。
使用しておりますのが新明和工業の水平多層循環式とゆう駐車場でして、幅が1770ミリ、高さ1550ミリ、全長5050ミリの限定サイズでして先日VOLVOのワゴンで御利用のかたから、きつきつであると苦情が出ており、見積を頼むとターンテーブルを変えようものなら償却できないくらい費用がかかる。
火に油を注ぐ如くミニバン等の背の高いタイプの人気があるし、もっと深刻なのは安もんのクルマ(失礼)でもメタボになってきているのであります。その点5ナンバー枠で収まっているカローラは偉い。車名なくなりそうな方向だけど大事にせんとあかんよ。
過去に「1700センチ以上の多数派」のなかで「セダンのみであれば1700ミリ未満が15車中6車であった」のですがトヨタ自動車様様のサイトで同じ条件で調べると現在は13車中4車となっている。
セダンに限らず、えいやっと全ボディータイプで絞り込むと条件は高さ1550ミリ以下で、幅が
1700ミリ以下16/67車種で約24%(グレード数換算だと155/1197で約13%)
1770ミリ以下22/67車種で約33%(グレード数換算だと205/1197で約17%)
これじゃあ、あかんわトヨタともあろうものが。
十年ちょっと前にこのような事態になるとは考えられなかったのであります。新明和工業さんも売りっぱなしで、車幅が広がるのはうちのせいじゃあないもんねだし、高さも制約があるし、都心部の機械式パーキングは閑散としております。
これでは売れないのも無理はない。
売りたいんだったらだらしなく太らすのではなく、小さくてもちょっと贅沢ちゅうか粋なBMW傘下のミニみたいな製品を売れよなあ、狭い日本そんなに太ってどうするの。
トヨタ、今期営業益7割減 1兆円下方修正わたくしじつは、集合住宅の管理組合の長になってしまいまして、困っております。本日理事会がございます。どーして困っているかっちゅうと、住宅の補修費用の原資を駐車場収入に依存しており、その稼働率が六割程度で落込んでいるのであります。都心でクルマを所有することの無意味さとゆうか趣味性に由来するような環境であることは間違いございません。要らないもん。タクシーで充分だし。
トヨタ自動車は6日、2008年4―9月期連結決算(米国会計基準)の発表とあわせて09年3月期の業績見通しを下方修正した。本業の稼ぎを示す営業利益は前期比74%減の6000億円と従来予想を1兆円下回る。金融危機が波及し、北米や欧州など先進国を中心に自動車販売が減少。収益計画を立てる際の想 定為替レートを円高に見直した影響も大きい。ホンダ、日産自動車なども今期は大幅減益。企業収益を引っ張ってきた自動車大手の急減速は、世界景気後退に沈 む日本の製造業の苦境を象徴する。
業績悪化が鮮明になったのは7―9月期。主戦場の北米地域と欧州が営業赤字に陥り、全面改良した「カローラ」などが好調だったアジアで販売台数、利益を伸ばしたものの補えなかった。
(「NIKKEI..NET11月06日 20:47」より)
使用しておりますのが新明和工業の水平多層循環式とゆう駐車場でして、幅が1770ミリ、高さ1550ミリ、全長5050ミリの限定サイズでして先日VOLVOのワゴンで御利用のかたから、きつきつであると苦情が出ており、見積を頼むとターンテーブルを変えようものなら償却できないくらい費用がかかる。
火に油を注ぐ如くミニバン等の背の高いタイプの人気があるし、もっと深刻なのは安もんのクルマ(失礼)でもメタボになってきているのであります。その点5ナンバー枠で収まっているカローラは偉い。車名なくなりそうな方向だけど大事にせんとあかんよ。
過去に「1700センチ以上の多数派」のなかで「セダンのみであれば1700ミリ未満が15車中6車であった」のですがトヨタ自動車様様のサイトで同じ条件で調べると現在は13車中4車となっている。
セダンに限らず、えいやっと全ボディータイプで絞り込むと条件は高さ1550ミリ以下で、幅が
1700ミリ以下16/67車種で約24%(グレード数換算だと155/1197で約13%)
1770ミリ以下22/67車種で約33%(グレード数換算だと205/1197で約17%)
これじゃあ、あかんわトヨタともあろうものが。
十年ちょっと前にこのような事態になるとは考えられなかったのであります。新明和工業さんも売りっぱなしで、車幅が広がるのはうちのせいじゃあないもんねだし、高さも制約があるし、都心部の機械式パーキングは閑散としております。
これでは売れないのも無理はない。
売りたいんだったらだらしなく太らすのではなく、小さくてもちょっと贅沢ちゅうか粋なBMW傘下のミニみたいな製品を売れよなあ、狭い日本そんなに太ってどうするの。
2008年10月22日
怪しげなものだらけ
知事さんには困ったもので、さすが若いだけある。血の気も多いのか、以前産経新聞にけんかを売った。今回は朝日新聞である。どちらも名指しであります。仮にも大阪の首長なんだから程程にしといてえや混乱するではないか。権力を有するものにありがちな勘違いしているか、ならば案外この男の器が小さいのかもしれぬ。
安全第一になると粥さえ危ないし。

この事件が全国ネットで広がるのは例のこんにゃく危険です消費庁問題に絡ませようとゆう意図的な気がいたします。
野田聖子大臣とマルチ業者との関係とつながるような気がするのですけど。むりむりやねえとゆう感じで。ことを大きくしたかもしれない。情報操作やないか。
一方マンナンライフ市中にある蒟蒻畑を引揚げず製造中止しますと静かな抗議をしているような気がいたします。
前回申し上げたのは、マルチってえはいけないことなのか叩きまくり、アムウェイ即ちマルチ即ち悪と報道されてその企業価値を毀損されたと反論しないものだなあてえことです。
「連鎖販売業とは、物品等の販売の事業であって、物品の再販売・受託販売・斡旋をする者を、特定利益を得られることをもって勧誘し、その者と特定負担を伴うその商品の販売等をするもの」と定義するアムウェイ側に対し、連鎖販売業は即ちマルチ商法だと公然と断言されている。これで抗議がないなら認めたっちゅうことやねえ。
この企業いつぞやのオリムピックでタニマチしてたわけやし、代議士も広告塔するから信じるわなあ。わたくしは芸能人が出ていてたが信じないし、人間関係壊すし、やってる連中はオバカだし、でえっ嫌いです。もう幾年か経つと世のなか大同小異じゃあないのかなあと悟るかもしれません。現在目立って派手な宣伝が突出しているところはヤバいだろうなあ。
他にもナカイキイチ君がお勧めしている果物の錠剤だとか化粧品何とかレディとかようさんあるやん。
こんなときだけ正義の味方になって前置きもなくマルチマルチと言うわけ。ならばマルチと同じような後ろ暗いものも多いじゃんって言いたいわけ。
信じるってのは白日にさらすと怪しげなものであります。
信じるちゅうたら庶民の味方と信じてる一部団体がおられて、これはこれでメーワクな存在で小金をばらまいて景気回復させようとゆうみみっちいことってのは何かしら昔こんなのあったなあ。止めてくれああゆう人気取りだけは。
オザワさんとこも同じだちゅうの。お互いさまってのなしで、これははっきりさせたほうがいい。うやむやにするのじゃあなくて、救急現在にせねばならぬ問題山積なので次回にやるじゃあないと思いつつ結局藪の中でしょう。
一時にいろいろなことを今回、詰め込み欲張り過ぎで苦しいのでありました。
どちらにせよ絶望的になるのでした。
つながり)
アムウェイはマルチなのか
千葉・船橋の給食パン窒息死:事故受け、指導徹底を通知−−文科省痛ましい事件である。この不幸を素に早食いのヴァラエティ番組のギャル曽根に原因とするとか何たらかんたらしたり顔のコメントをする(既にしているかも)なワイドショーやブログなんかがありそうだけど、実際、わたくし自身酔ったせいか年齢のせいか、肺と胃の分岐がピシッと制御できず、とゆうか遅れて、食物を詰めたことがあり咳き込んで戻した経験がございました。我ながら情けない。泥酔状態で咽喉に詰まれば下手をすれば最悪の事態であります。人工呼吸は習得しているひと多いがこの場合わたくしなら対処できない。
千葉県船橋市の小学校で男児が給食のパンをのどに詰まらせて死亡した事故を受け文部科学省は21日、よくかんで食べることなどの指導を徹底するよう、都道府県教育委員会などを通じ各学校へ通知した。気道に異物が詰まった際の対処方法についても、確認を求めた。【加藤隆寛】
(「毎日新聞 2008年10月22日 東京朝刊」より)
安全第一になると粥さえ危ないし。
この事件が全国ネットで広がるのは例のこんにゃく危険です消費庁問題に絡ませようとゆう意図的な気がいたします。
野田聖子大臣とマルチ業者との関係とつながるような気がするのですけど。むりむりやねえとゆう感じで。ことを大きくしたかもしれない。情報操作やないか。
一方マンナンライフ市中にある蒟蒻畑を引揚げず製造中止しますと静かな抗議をしているような気がいたします。
前回申し上げたのは、マルチってえはいけないことなのか叩きまくり、アムウェイ即ちマルチ即ち悪と報道されてその企業価値を毀損されたと反論しないものだなあてえことです。
「連鎖販売業とは、物品等の販売の事業であって、物品の再販売・受託販売・斡旋をする者を、特定利益を得られることをもって勧誘し、その者と特定負担を伴うその商品の販売等をするもの」と定義するアムウェイ側に対し、連鎖販売業は即ちマルチ商法だと公然と断言されている。これで抗議がないなら認めたっちゅうことやねえ。
この企業いつぞやのオリムピックでタニマチしてたわけやし、代議士も広告塔するから信じるわなあ。わたくしは芸能人が出ていてたが信じないし、人間関係壊すし、やってる連中はオバカだし、でえっ嫌いです。もう幾年か経つと世のなか大同小異じゃあないのかなあと悟るかもしれません。現在目立って派手な宣伝が突出しているところはヤバいだろうなあ。
他にもナカイキイチ君がお勧めしている果物の錠剤だとか化粧品何とかレディとかようさんあるやん。
こんなときだけ正義の味方になって前置きもなくマルチマルチと言うわけ。ならばマルチと同じような後ろ暗いものも多いじゃんって言いたいわけ。
信じるってのは白日にさらすと怪しげなものであります。
信じるちゅうたら庶民の味方と信じてる一部団体がおられて、これはこれでメーワクな存在で小金をばらまいて景気回復させようとゆうみみっちいことってのは何かしら昔こんなのあったなあ。止めてくれああゆう人気取りだけは。
オザワさんとこも同じだちゅうの。お互いさまってのなしで、これははっきりさせたほうがいい。うやむやにするのじゃあなくて、救急現在にせねばならぬ問題山積なので次回にやるじゃあないと思いつつ結局藪の中でしょう。
一時にいろいろなことを今回、詰め込み欲張り過ぎで苦しいのでありました。
どちらにせよ絶望的になるのでした。
つながり)
アムウェイはマルチなのか
2008年10月20日
初芝電気的圧力
初芝電気で電子レンジ造ってましてなあ、十年くらい前にある用件で会う破目になった初老の男がそう言った。
ええ初芝の電子レンジのラインですねん。勤め上げましてなあ。
彼は勲章であるかのように誇らしげに訊いてもいないのに幾度も「初芝電気」と「電子レンジ」とゆう語を会話の狭間に挿入するのであった。うんざりする。耳障りなことこの上ない。とともに何だかかわいそうになってきた
おっさん、よかったやんけ、十年ずれていたらえらいこっちゃ。助かったやないか。

専務島耕作 5 (5) (モーニングKC)
旧聞になりますが、難波で十五人殺したぼけなすはどうしようもない奴だが、新聞に於いて彼が過去にリストラされた大手家電会社の実名は伏せられているのだろうか、ああ遠い昔のことだからスルーしたのであろう。まあどうでもいいことでありますけど少し気になります。
もしや、島耕作が裏工作したのではと勘繰ってしまうのでありました。社名が変わるイメジも大きく変わる転換の大切な時期でもありますし。
それとも広告収入源となる社名変更のキャンペーンで大金を落としてくれるわけだから自主規制圧力が働いたものではなかろうかと邪推いたします。
じゃあ活躍したのは只野係長だなあ。やっぱし。
ええ初芝の電子レンジのラインですねん。勤め上げましてなあ。
彼は勲章であるかのように誇らしげに訊いてもいないのに幾度も「初芝電気」と「電子レンジ」とゆう語を会話の狭間に挿入するのであった。うんざりする。耳障りなことこの上ない。とともに何だかかわいそうになってきた
おっさん、よかったやんけ、十年ずれていたらえらいこっちゃ。助かったやないか。
専務島耕作 5 (5) (モーニングKC)
旧聞になりますが、難波で十五人殺したぼけなすはどうしようもない奴だが、新聞に於いて彼が過去にリストラされた大手家電会社の実名は伏せられているのだろうか、ああ遠い昔のことだからスルーしたのであろう。まあどうでもいいことでありますけど少し気になります。
もしや、島耕作が裏工作したのではと勘繰ってしまうのでありました。社名が変わるイメジも大きく変わる転換の大切な時期でもありますし。
それとも広告収入源となる社名変更のキャンペーンで大金を落としてくれるわけだから自主規制圧力が働いたものではなかろうかと邪推いたします。
じゃあ活躍したのは只野係長だなあ。やっぱし。
タグ:初芝電気的
2008年10月18日
アムウェイはマルチなのか
ここのところ与野党のマルチ商法関与醜聞中傷合戦を眺めていると、不可思議なのでございます。極端な報道がこちら。
無店舗販売大手日本アムウェイと表してるのが日本経済新聞、毎日新聞、時事通信。
マルチ業界最大手アムウェイと断言しているのが赤旗。
マルチ商法業者のみで固有名詞を出さずに歯切れの悪いのが読賣新聞、報知新聞。
赤旗と読賣が対照的なのであります。とーぜんだけど。
その他日本アムウェイの実名のみが産経新聞、朝日新聞。しかしどない読んでも記事の文脈は「マルチ=アムウェイ」となります。野田大臣はパーティー券返すとゆうことはマルチと認めたのか。
そもそもネットワークビジネス推進連盟の前田代議士元民主党の方がこの業界に深く関与しているわけで、どちらも後ろ暗いものでなければわたしは間違っていないと突っぱねていいではないか。違うか。
ここまで公の場で虚仮にされたら訴訟を起こすのは当然でしょうなあアムウェイとしては。
さあ日本アムウェイさんよ、訴えましょう。日共をはじめ各マスコミに対して中傷じゃあないかと。野田大臣も金返すなんて無礼ではないかと声を大にして下さい。かんばれアムウェイ!でなければ病ましいところでもあるのかなあ。
野田聖子“マルチからパー券”あのうアムウェイってマルチだったんですか。ああそうなんだ。各報道機関を乱暴に調べますと当該会社のことを。
間違いなく大臣クビだろう。野田聖子消費者担当相のことだ。民主党の前田雄吉衆院議員が、マルチ業界から講演料名目でカネを受け取っていたことが発覚しているが、野田も17日の会見で、マルチ業者からパーティー券計16万円分を購入してもらっていた事実を公表したのだ。野田は「違法ではない」なんて言い訳しているが、トンでもない。野田は衆院委員会質問でも業界ベッタリの発言をしていたのだ。
(「ゲンダイネット10/17」より)
無店舗販売大手日本アムウェイと表してるのが日本経済新聞、毎日新聞、時事通信。
マルチ業界最大手アムウェイと断言しているのが赤旗。
マルチ商法業者のみで固有名詞を出さずに歯切れの悪いのが読賣新聞、報知新聞。
赤旗と読賣が対照的なのであります。とーぜんだけど。
その他日本アムウェイの実名のみが産経新聞、朝日新聞。しかしどない読んでも記事の文脈は「マルチ=アムウェイ」となります。野田大臣はパーティー券返すとゆうことはマルチと認めたのか。
そもそもネットワークビジネス推進連盟の前田代議士元民主党の方がこの業界に深く関与しているわけで、どちらも後ろ暗いものでなければわたしは間違っていないと突っぱねていいではないか。違うか。
ここまで公の場で虚仮にされたら訴訟を起こすのは当然でしょうなあアムウェイとしては。
マルチ商法との違い一方対立する先鋭が
いわゆる「マルチ商法」は造語のため定義づけされていませんが、一般に日本では、マルチ商法は「リクルートさえすれば収入が上がる」など過度な期待を抱かせるような説明が行われたり、粗悪な製品を販売するなどのトラブルを起こした場合、「悪質マルチ商法」「マルチまがい」とマスコミなどで報じられています。アムウェイ・ビジネスの形態は「特定商取引に関する法律」において「連鎖販売業※」として規定されており、同法律の規定に則ってビジネス活動を行い、またディストリビューターへの指導も行っています。
※ 連鎖販売業とは、物品等の販売の事業であって、物品の再販売・受託販売・斡旋をする者を、特定利益を得られることをもって勧誘し、その者と特定負担を伴うその商品の販売等をするものをいいます。
(「日本アムウェイのサイト」より)
マルチ商法 マルチ商法(連鎖販売取引)は、消費者を販売員にして友人や知人を勧誘させ、商品を販売する商法。勧誘などをめぐるトラブルや消費者被害が拡大して社会問題化しています。裁判好きな合衆国の企業なんだからどーぞ。わたくしはこの手の話になると関わってきたひとの反感を買うので止そうと思ったんだけど、この手の商売は商品がいいのでお勧めしたい広めたい宗教的側面があるのでいつ加害者になるかもしれないとゆう危惧があるし実際にわたくしは加害されました。あれがマルチでなくってなんなんだようバカにするなといいたい。段ボールで買わされた洗剤があって同級生に売りそうになってごめんなさい。加害するところだった。原価でもよかったのよ。邪魔だったし。この類の商いは否定しないものだが携わるひとたちはどこか卑しい印象を拭えない。
(「赤旗 10/17」より一部引用)
さあ日本アムウェイさんよ、訴えましょう。日共をはじめ各マスコミに対して中傷じゃあないかと。野田大臣も金返すなんて無礼ではないかと声を大にして下さい。かんばれアムウェイ!でなければ病ましいところでもあるのかなあ。
2008年10月11日
恐慌といふ静かな革命
恐慌だと形容して差し障りのない様相となってまいりました。立場上微妙なのでありますが景気が悪くなって困る。困るけれどもここ数年好景気だと大本営発表に全く実感が持てないままこーぞーかいかくとやらが推進していることなのかなあよくなるのだろうと考えるのはお人好しでございます。
尾張の自動車会社やらカメラ会社やらが、がめっているだけではないか。株屋金貸屋が潤っているだけではないか。
おこぼれがこちらにくるだけありがたく思えちゅうのか。若しくはもっと悪くなるととんでもないぞと脅すつもりか。
まず、環境問題の側面からすれば今回の恐慌らしきものは資源を食い尽くすビジネスモデルに逆行し縮小していくことは歓迎してもいいのではないでしょうか、エコなみなさん。
それから、エコなみなさんと対立する、拡大ありきで成立する資本主義それ自体が維持できないし、ましてやワールドビジネスサテライトさんのコメンテイターの「市場が判断いたします。退場!」とかなんとかおちゃらけたこと言って判断しないじゃん市場原理主義にならないじゃんばかな御都合主義が全世界で通用するのですかとゆうことでございます。
昨今、国内で見受けられるロストジェネレイションと称する三十から四十代の社会的弱者が、戦争待望論を論じているのも、既得の権利を有する強者に対して「戦時下に於いては平等である」と考えているわけだし、この不満とゆうか閉塞感のなかで秋葉原や大阪の自爆テロ(尤もこのどあほな本人は死んでいないのだけど)ような血腥い切れ方をされて巻き添えになりかねない。
到来する不景気はもともと社会的弱者に対しインパクトは弱い。守るものが少ないものは環境の変化に強い。
相対的に言えば株や投信やらできる金もっている奴が大打撃なわけで、ざまあみろとこのくすぶっている火種が沈静化するのではないかと考える次第。
静かな無血革命になるかもしれぬ、持って行きようによれば。下手すると発火いたします。

わたくしもまた病んでいるのか時折、ああ核兵器のボタンが現在、押されたどうなるのかなあと夢想することがあります。物騒だなあ。
身近で感じたのは旧友が世襲制でない会社の社長になって、出世したなあ、しかしこれはこれで本人には失礼だが後がないのとちゃうのかとゆう感想を有したのでありますが、言わない。現在言ってますが(笑)その彼曰く
「他業種であるが早期退職者でがっぽり退職金を貰った奴らが羨ましい」
とのこと。だめじゃん社長なのに何言ってるねん。しかし正直そうかも知れない。その直後に恐慌が来たので退職金を運用してたがっぽりさんは大損こいて老後の人生設計とゆうものが大幅に狂っているかもしれないでしょう。早期でなくても正規の老後を愉しもうとゆう団塊の世代に対するテロみたい。
人生塞翁が馬であります。死ぬ間際まで理解らないものであります。
むっちゃ非常識な論ですが。流血は避けたいのでありました。
尾張の自動車会社やらカメラ会社やらが、がめっているだけではないか。株屋金貸屋が潤っているだけではないか。
おこぼれがこちらにくるだけありがたく思えちゅうのか。若しくはもっと悪くなるととんでもないぞと脅すつもりか。
まず、環境問題の側面からすれば今回の恐慌らしきものは資源を食い尽くすビジネスモデルに逆行し縮小していくことは歓迎してもいいのではないでしょうか、エコなみなさん。
それから、エコなみなさんと対立する、拡大ありきで成立する資本主義それ自体が維持できないし、ましてやワールドビジネスサテライトさんのコメンテイターの「市場が判断いたします。退場!」とかなんとかおちゃらけたこと言って判断しないじゃん市場原理主義にならないじゃんばかな御都合主義が全世界で通用するのですかとゆうことでございます。
昨今、国内で見受けられるロストジェネレイションと称する三十から四十代の社会的弱者が、戦争待望論を論じているのも、既得の権利を有する強者に対して「戦時下に於いては平等である」と考えているわけだし、この不満とゆうか閉塞感のなかで秋葉原や大阪の自爆テロ(尤もこのどあほな本人は死んでいないのだけど)ような血腥い切れ方をされて巻き添えになりかねない。
到来する不景気はもともと社会的弱者に対しインパクトは弱い。守るものが少ないものは環境の変化に強い。
相対的に言えば株や投信やらできる金もっている奴が大打撃なわけで、ざまあみろとこのくすぶっている火種が沈静化するのではないかと考える次第。
静かな無血革命になるかもしれぬ、持って行きようによれば。下手すると発火いたします。
わたくしもまた病んでいるのか時折、ああ核兵器のボタンが現在、押されたどうなるのかなあと夢想することがあります。物騒だなあ。
身近で感じたのは旧友が世襲制でない会社の社長になって、出世したなあ、しかしこれはこれで本人には失礼だが後がないのとちゃうのかとゆう感想を有したのでありますが、言わない。現在言ってますが(笑)その彼曰く
「他業種であるが早期退職者でがっぽり退職金を貰った奴らが羨ましい」
とのこと。だめじゃん社長なのに何言ってるねん。しかし正直そうかも知れない。その直後に恐慌が来たので退職金を運用してたがっぽりさんは大損こいて老後の人生設計とゆうものが大幅に狂っているかもしれないでしょう。早期でなくても正規の老後を愉しもうとゆう団塊の世代に対するテロみたい。
人生塞翁が馬であります。死ぬ間際まで理解らないものであります。
むっちゃ非常識な論ですが。流血は避けたいのでありました。
2008年10月09日
こんにゃく食えない紋次郎
風邪をひいてしまいました。会社休む。咽喉と節節が痛い。ましになってきました。
さてPL法が施行されたさい、少なくとも合衆国にその水準を合わせるべきではないと感じた、消費者は愚かで手落ちがあれば裁判沙汰にするとゆう前提で成立しているからであります。
山口浩准教授の「こんにゃくゼリーを「安全」にするいくつかの方法についての提案」も虚しく、野田聖子大臣に血祭り状態であります。
「蒟蒻畑」製造中止 マンナンライフ(「2008年10月9日 読賣新聞」下記に全文)で製造を続けるそのアルミ製容器入りとはこれ。咽喉に詰まらす可能性は低い。

マンナンライフの頁より
事故米のほうを解決させて欲しいのに木を見て森を見ずとゆう感がしないでもない何だか横暴な消費者庁。
こうなると一般的なこんにゃくも包装に「注意!危険!のどつまりの可能性あり」と注意書きがあって、詳細な環境として。
さいころ状の大きさはあぶないよ。また通常の大きさでも咀嚼したさいに咽喉を塞ぐ可能性があるのでくれぐれもそのような大きさで咀嚼及び反芻なさることのないようお願いいたしまする、等等(他にもあるかも)の詳細な条文だらけになりそうであります。
個人的にはテレビドラマ「木枯し紋次郎」のなかで中村敦夫が演じる紋次郎はこんにゃくがどうしても食べられない。理由はこんにゃくが、間引きに使われたものであるとゆう場面がございましてそれが脳裡から離れないのであります。だから伝統的に窒息に有効な食材であったのでしょう。このとき番組が業界から別に抗議されたか否かは存じ上げません。
つながり)
ことなかれ主義の温室
記事全文「蒟蒻畑」製造中止 マンナンライフ
さてPL法が施行されたさい、少なくとも合衆国にその水準を合わせるべきではないと感じた、消費者は愚かで手落ちがあれば裁判沙汰にするとゆう前提で成立しているからであります。
山口浩准教授の「こんにゃくゼリーを「安全」にするいくつかの方法についての提案」も虚しく、野田聖子大臣に血祭り状態であります。
「蒟蒻畑」製造中止 マンナンライフ(「2008年10月9日 読賣新聞」下記に全文)で製造を続けるそのアルミ製容器入りとはこれ。咽喉に詰まらす可能性は低い。
マンナンライフの頁より
事故米のほうを解決させて欲しいのに木を見て森を見ずとゆう感がしないでもない何だか横暴な消費者庁。
こうなると一般的なこんにゃくも包装に「注意!危険!のどつまりの可能性あり」と注意書きがあって、詳細な環境として。
さいころ状の大きさはあぶないよ。また通常の大きさでも咀嚼したさいに咽喉を塞ぐ可能性があるのでくれぐれもそのような大きさで咀嚼及び反芻なさることのないようお願いいたしまする、等等(他にもあるかも)の詳細な条文だらけになりそうであります。
個人的にはテレビドラマ「木枯し紋次郎」のなかで中村敦夫が演じる紋次郎はこんにゃくがどうしても食べられない。理由はこんにゃくが、間引きに使われたものであるとゆう場面がございましてそれが脳裡から離れないのであります。だから伝統的に窒息に有効な食材であったのでしょう。このとき番組が業界から別に抗議されたか否かは存じ上げません。
つながり)
ことなかれ主義の温室
記事全文「蒟蒻畑」製造中止 マンナンライフ
2008年10月04日
ねんきん特別便で不信感
舛添要一大臣からお手紙が来た。所謂ねんきん特別便となるものであります。何となく嬉しかったのでありますが、根本的に社会保険庁を信じていないので返信することに躊躇いがございました。

遡ること二十年弱のことであります。当時の人手不足はフリーターの横暴すさまじく人材確保及び面接に業務を裂かれておりました。その夥しいなか面接で印象に残っている場面がございます。
正社員として雇用する人材との面接で双方ある程度まで基本的合意に至ったのでありますが、肝腎な給与のところで滞ってしまった。そこで求職者のほうから提案がございました。
彼曰く「どうしても手取ウン万円欲しいので、その各種保険に入るのをなしにして欲しい」
そんなことはできないと突っぱねると、前の職場では融通きかしてもらってましてんけどとのこと。前の職場は履歴書によればれっきとした株式会社である。結局交渉は決裂した。
ねんきん特別便は定期預金に何回続けています、でも金額はわかりませんねんけどとゆう通帳記入みたいであります。だって「現在届いている「ねんきん特別便」には、保険料を算定したその時々の標準報酬は記載がなく、改ざんされても気づきにくい」(「前出・読賣社説」より)のだから。
かといって問題だらけの社会保険庁に電話する気が起こらないのであります。パートさん等の外部委託の可能性が大だろうから。この辺、現与党に対する責任を問いたいところでありますが社会保険庁の組合がオザワさんとこ支持してる点がひっかかり、どうなんでえ、そのへんおとしまえつけられるのかよう。どっちもどっちだなあと溜息をつくのでありました。うやむやになりそうな気がいたします。
ねんきん特別便に返信すべきなのでしょうか。
記事全文
遡ること二十年弱のことであります。当時の人手不足はフリーターの横暴すさまじく人材確保及び面接に業務を裂かれておりました。その夥しいなか面接で印象に残っている場面がございます。
正社員として雇用する人材との面接で双方ある程度まで基本的合意に至ったのでありますが、肝腎な給与のところで滞ってしまった。そこで求職者のほうから提案がございました。
彼曰く「どうしても手取ウン万円欲しいので、その各種保険に入るのをなしにして欲しい」
そんなことはできないと突っぱねると、前の職場では融通きかしてもらってましてんけどとのこと。前の職場は履歴書によればれっきとした株式会社である。結局交渉は決裂した。
多くの場合、経営の苦しい企業が社保庁に対して、従業員の月給(標準報酬月額)を低く申告したと見られる。事業主は本来納めるべき保険料が安くなり、従業員から天引きした保険料も流用できるからだ。ああ、やはり危惧していたことが。年金記録改竄が露呈してしまいました。社会保険庁と事業主だけを犯人にしていいのかと件のやりとりを思い出しました。いざもらうときになって発覚となり、その場合だれがどれだけ悪いのか「経営の苦しい企業」のことだから存続している可能性も低い。やや呑気な論調の社説で「無論、最も大切なことは被害者の権利回復だ」(「前出・読賣社説」より)でしょうけど、まことにレアであると前置きしておきながら、証拠がないのをいいことに手取額を多くしたいがために加入者が能動的に不正をした場合もあるのではないか。後で被害者面しようと思えばできるわけだし。勿論このような証拠のない状況に陥った社会保険庁が元凶なのは明白ですが。
「年金記録改ざん 悪質事業主と結託した社保庁」より抜粋(10月4日付・読賣社説・下記に全文)」
今回お送りした加入記録に記載もれがないか、記載内容に間違いがないか、十分にご確認いただき、「もれ」や「間違い」がある場合も、ない場合も、必ずご回答いただきますよう、是非ご協力をお願いいたします。と言われても、一応加入記録には間違いはなかったのでありますが、その金額等の内容までは間違いなしとは断言できないわけで、このねんきん特別便を回答したら全てを認めたことになりはしないかと怖くて出せないのですけど。かといってこちらが以前勤めいた会社や現在の会社に「いくら払っていましたのでしょうか、天引き分ネコババしていないでしょうねえ」などと訊くのか。わたくしは気が弱いので出来ません。
(「ねんきん特別便」より)
ねんきん特別便は定期預金に何回続けています、でも金額はわかりませんねんけどとゆう通帳記入みたいであります。だって「現在届いている「ねんきん特別便」には、保険料を算定したその時々の標準報酬は記載がなく、改ざんされても気づきにくい」(「前出・読賣社説」より)のだから。
かといって問題だらけの社会保険庁に電話する気が起こらないのであります。パートさん等の外部委託の可能性が大だろうから。この辺、現与党に対する責任を問いたいところでありますが社会保険庁の組合がオザワさんとこ支持してる点がひっかかり、どうなんでえ、そのへんおとしまえつけられるのかよう。どっちもどっちだなあと溜息をつくのでありました。うやむやになりそうな気がいたします。
ねんきん特別便に返信すべきなのでしょうか。
記事全文




