ここのところ続続と読みたい本が湧き出てまいりました。洋物文庫本小説一冊、新書二冊、漫画本二冊、単行本の小説二冊。つまみ食いしながら併読するものですから現在話題の『下層社会』完読まで遅遅として進みませんでした。遅まきながら。
わたくしはどーやら本書の分類では初期新人類に属するみたいです。共通一次試験の実験一号世代でございます。類書としてすぐに思い出すのが渡辺和博『金魂巻』で、現代版にして統計入れたらこうなるよ、みたいです。『金魂巻』に於いては貧富の違いを具体的に絵入りの説話体で表してくださいました。理解り易い。見えざる階級がそこには存在している。注目すべきは年収の多寡が「金」、「ビ」を決定づける要因とはなっていないことであります。(殆どの場合が要因となっておりますが)とにかく、得体の知れない壁がそこにはございました。なぜか「金」は、育ちが良いのでトヨタかホンダで充分。BMWを欲しがるのははしたないケバイ成金で「ビ」的要素となってしまうのです。
『金魂巻』のなかで散見しますのが既得権です。
家柄、不動産、地元の有力者、こういった「持たざるもの」からすれば、どうしようもない因子があり、象徴的なのが酒屋の「金」でして駅前のような便利な場所にある店をビルにして不動産収入を得てる。これって既得権の塊じゃん。
これらの旧渡辺的価値観ははバブルとともに崩壊いたしました。しかし、まだまだ温存されておるみたいでございます。
下流社会 新たな階層集団の出現
二代目の経営者といわれれば恵まれているかと思われがちであります。自身では恵まれていると思っております。待遇は一流企業の平均的な勤め人以下かもしれませんけど。決して「上」だとは感じておりませんなあ。こんなところで中小企業と大企業の格差を申し上げても仕方がありません。不公平感を申し上げても愚痴になります。例えれば新聞、週刊誌なんかで大企業の秋冬の賞与の報道をされると、ものすごく厭な気分になります。あんなの載せてなんになるってえんだって感じの。
世代論で申し上げますと団塊の世代で最も軋轢を生じさせるのがお祭りめいた闘争で、わたくしどもにはなかった。空洞化したアドレセンス期には、村上春樹の『ノルウェイの森』で印象的な就職が決まっていちご白書をもう一度的社会人の唾棄すべきおっさんが瘤みたいにうっとおしかったし、サブカルのおこぼれを頂戴しているみたいだった。そこへ田中康夫が『なんとなく、クリスタル』で少子化高齢化社会を予言するわけだ。(笑)こんな世代間のしこりをほじくりだしても仕方がございませんが。
重箱の隅をつつくようで申し訳ございません。本書の統計がどーもなあと思っております。
まづ「団塊ジュニアの主な職業別自分らしさ志向」(171頁表5-9)で会社経営者・役員・管理職の「自分らしさ派」0%で「非自分らしさ派」100%。団塊ジュニアにとってわたくしの立場は自分らしさなしってことか。ゼロとはなあ。
次いで「男性・世代別よくみるテレビ局」(187頁表6-3)で新人類の「上」クラスがテレビ東京とTBSの視聴が0%とゆうことです。不思議だなあ。TBSはどーでもいいとして(笑)こんなんじゃあ「ワールドビジネスサテライト」を筆頭に株や為替のニュースを送信している日本経済新聞系のテレビ戦略は完全にはずしてしまっているとゆうことになります。パワーエリートは朝からLMEの数値を夜にはウォール街の動向をキャッチして日日の資産運用の糧としている筈だと思っておりましたが。スポンサーは再考すべしではないだろうか。
個人的にはわたくしの類型がどうやらLOHAS系に近いような気がいたします。上昇したくないんだってやばいなあ。
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こちらこそ。最近満足に本が読めないのが悲しい。