過日狂言を観に行った。
所謂こども向けのプログラムで演目は「口真似」と「二人袴」の二題で、これが理解り易いのかどうかは判断に迷うが、とにかく現代の小学生たちに受けていた。広義の演劇とゆうものが吉本興業の類のえげつないネタばかりが娯楽対象でないと少し安心した次第である。とゆうか狂言の笑いは、時代の隔たりがそうさせるのか笑いに誘うまでの過程が「緩い」のである。
吉本興業がホットチリペッパー味のポテトチップスならば、狂言は素焼きのせんべいのような味わいである。
一応こども向けなので、狂言とゆうものの基本的な情報を開示下さった。舞台に出て狂言師(名前失念)のかたが狂言の歴史がいつ始まったものなのかをこどもたちに教えていたときのことである。
「現在平成だけど、その前は何でしょう?」
と訊くと、こどもたちは元気に「昭和っ」と答えた。その前は「大正っ」と答えた。その前は「明治ぃ」と答えた。その前は「江戸」と答えた。
おいおい、違うだろうが!
「江戸時代の前は?」でこどもたちは沈黙した。話が進まないので
「その前は室町時代であって、その室町時代に狂言ができたのであります」
との語が舞台の上から聞こえてきた。
重箱の隅をつつくようで、申しわけないが明治以降は元号である。故に明治の前はと訊かれたならば慶応と答えなければならぬ。
江戸時代の前は安土桃山時代で、戦国時代とゆう分類かもしれないし、安土桃山もしくは戦国時代の前に室町時代があるのではないか。あの二股別れの南北朝時代はどうするんだあ、
現在の小学生の歴史はどのようになっているのか存じあげないが、上記のような疑問を有している小学生が皆無とは限らない。そういった疑問をこの場で口にすると
「話がややこしくなるし、迷惑だから黙っておこう」
といった判断をこどもたちはしたのだろうと推察する。わたくしはいい歳したおじさんなので勿論口ははさまない。
わたくし自身の遠い記憶によれば、やはり明治以降になってから、ほにゃらら時代の名称が元号とリンクしていて、江戸時代以前は首都機能の類の名称で呼ばれていたようである。しかし、これも厳密なものではなく弥生時代とか縄文時代とかやたら広範囲に及ぶものもある。
この分類は歴史学者が行ったのだろうが、便宜的なものである。わたくしが中学生の頃にこれはおかしい、現在は昭和時代ではなくて東京時代と称するべきではないか、と先生にいちゃもんをつけたことがあった。厭な中学生。あかんよなあ、先生には好かれるようにしなければ。
その通りに憶えたらええねん、と先生はたしなめた。
といった昔を回顧しながら、大蔵流の舞台を観ている自分があったのでした。
2011年07月06日
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歴史の中の江戸時代
Excerpt: 明治の前が江戸ならば、現在は東京時代じゃないのか という記事を読んだ時、なるほど、と思ったわけです。 明治の前は「慶応」なんですね。 明治維新でがらっと変わった、なんて認識しているんですが、..
Weblog: ぴん ぽん ぱん!
Tracked: 2011-08-28 13:08
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「東京時代」という言葉になるほどと思いました。
今思ったのですが、江戸時代の人というのは、「今は江戸時代である」という認識は無かったのでないかと思われます。
(実際のところわかりませんが)
だとすると、いつの時代も、その時代ごとの人たちは元号で自分の生きている時代を認識し、後世で、一定期間をひとくくりにして名前をつけられる、ということなのかもしれない、と思いました。
コメントどうもです。
>今思ったのですが、江戸時代の人というのは、「今は江戸時代である」という認識は無かったのでないかと思われます。
多分。
若しくは、明治以前以降で近世と近代のラインを引いているようとも考えられます。
かつては災いがあれば元号は恣意的に変えられました。天皇陛下も御高齢ですし公務は厳しいとお察しいたします。むかし風の価値観でもって改元すればいいのに。