2006年06月03日

磁石の狂ったままノモンハン

学生時代同級生が下宿を引っ越すとゆうことになった。彼はどちらかといえば空手カンケーの武術を習得しておりそのせいではなかろうが目つきが鋭くなっていくのが気になってました。彼の案内してくれた新居は食堂手洗い風呂が共同で部屋のみ借りる昔ながらの下宿であり学生寮に近いものがあった。しかし気になることに同じ下宿人がおしなべて彼と同様の鋭い眼光を放っているのであった。その異様な雰囲気は容易に説明し難い。ただ彼に「ここはあんまりよろしくないのでは」と提言したが彼は受け容れる様子もなかった。
しかし、別の友人が彼がある組織にオルグ(古風ですまぬ)されているとゆう情報を得た。図書館で調べてみるとその組織は競艇を司るじいさんが元締めとなっているではないか。かといって一緒にフォークソングを歌いましょう、活動もいたしましょうとゆう誘いにも何を寝ぼけたことと一蹴するひねくれ者だったワケで、要するにわたくしはむかしから政治的なことにコミットするのが疎ましいノンポリ(といっても客観的見地からすれば偏向はしているであろうが)なのであります。
しかし、さすが節操のない「日本の保守」の構造とゆうものには参政権を持つや否やで辟易してしまった。松本清張みたいだなあ。

ときを同じくして、現在は亡き祖父のところへ尋ねたさい、どーせ古本屋に売るのだからといって読了後の本を持って帰れと言われた。幾冊かのなかで辻政信著の『ノモンハン』がありその内容が印象的であった。祖父は支那に在住していて召集され戦後にシベリアで捕虜としてラーゲリ暮らしをした身の上である。ソ連に対しては憎悪を有していた。
祖父は同感だったのか、それとも反面教師としてだったのか、どーでもよかったのか。わたくしは読後、五味川純平の同名の書を読み、お返しに貸したのだがお互い腹を割った話はできないままであった。
しかしどう考えても辻政信の描くさほど有名でなかったノモンハンの事変はあまりに感傷的に過ぎるきらいがあった。美化されすぎている。最も怪訝だったのは戦後、辻政信が戦犯扱いから逃れて参議院議員にまでなれたことだ。このことは彼が東南アジアで行方不明で人生を終えることと同じくらい謎であった。でも他にも同じようなひとは数多くいらっしゃるではないか。加えて辻政信の選挙基盤は現首相の派閥のルーツでもある偶然にも。
合衆国によって形成された民主主義の捩れ現象はまことに複雑な様相でございます。論理的に整合する地図の上から乖離して、右派左派が渾沌とした座標に位置する現実がある。
abe_top.jpg
あべちゃんです。(あべ晋三のホームページより引用)パワーブック使ってる。本当に愛用してるのか、スタイリスト(笑)が絵になるって用意したのか。どうなんだろう。
彼は不幸なことに次期首相になったならば、靖国参拝してもしなくても隣国のかたの反発必至だろうとゆうことは予測されます。祖父が祖父だけに。どう頑張っても血筋は変えることはできませぬ。かわいそうに。
でも悪人顔に見ようと思えば見えないこともない(笑)。スタイリストさんにチョイ悪おやじのファッションに変えてみれば、チンピラみたいに見えそうな小泉純一郎よりも大物の風格があるように思えてくるから不思議である。
そんなワケで見る側の気持ち次第で何とでも変わるものなので。
もっと加害者意識を拡大させるならば、先の戦争に参加した子孫であるところの日本人であるとゆうだけで絶対に赦して貰えないような気がいたします。いちゃもんつけられるだろうなあ。これが恒常的になってしまいますと、日本人もええかげん厭になってきて、もういいや、こちらも開き直っちゃおうとなるのが一等避けたい事態なのでございます。
タグ:戦争 首相 満州
posted by 井上勝裕 at 12:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 世間さま | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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