2009年06月22日

十字軍からみたアイユーブ朝

―違う違う。サラディーンは残虐非道などではない!サラディーンは武人としても人間としても優れた人物だ/我々が重んじる騎士道は元はといえばサラディーンが完成させた物だ/それを今日我らが模倣しているに過ぎない/それに初期の十字軍遠征では非道であったのは我々ヨーロッパ人の方だぞ
(『チェーザレ四巻』より)


これは、ピサの庶民の祭りで、キリスト教的十字軍を素材にした劇を観ていたチェーザレが、アイユーブ朝の支配下にあるエルサレム十字軍遠征に征く男に対し恋人である女がサラディーンのことを「残虐非道」と形容したのに対し、観劇者の側から異を発したときの台詞であります。チェーザレ!空気読めよなあ、とも感じないではないが
f457d0920ea032d8446a1210.L.jpg d161d0920ea042d8446a1210.L.jpg
チェーザレ 4―破壊の創造者 (KCデラックス)
本書を紹介するのは二度目でありますがなかなか濃縮されたマンガであります。手間がかかっております。著作権的に大丈夫かようアマゾン!と心配しつつ。

名君サラディーンはクルド人だった。現在のイラクの大統領もクルド人である。イラクのクルド人在住地域から隣国の(クルド人口の最多の)トルコに原油が輸出されるのは最近のことである。イランも同様で少数民族とはいえどもかなりの勢力になっている。
クルド人暗殺に新証言−オーストリア=イラン大統領の関与示唆
【ベルリン19日時事】イランのアハマディネジャド大統領がウィーンで1989年7月に起きたクルド人暗殺に関与したとの疑惑に関連して、事件と同大統領を結び付ける新たな証言が19日までに明らかになった。
オーストリアの野党、緑の党スポークスマンによると、ドイツ人武器商人が2006年に警察の取り調べに対し、事件直前にウィーンのイラン大使館で同大統領を含むイラン人3人に武器を渡したと証言したという。
同スポークスマンは、アハマディネジャド大統領は武器調達と暗殺実行の役割を担っていたと指摘。「関与は明白」で、自分で手を下した可能性もあると主張した。
「時事通信 2009/06/20-05:42」より)
何故二十年前の話がいまこのような時に出現したのかよく理解らない。イラン大統領選挙後の混乱のなか(下記一記事参照)なので便乗したのか、ソースが緑の党とゆうのも何だかなあであるけど。

ざっくりで一千年くらい前のアラビア人の文明水準の高さを知識として認めているひとがどれだけいるだろう。わたくしはそのこと教わった。昔から西洋が最も進んでいたと考えるひとが失礼ながら多いような気がする。現在の視点からのみから俯瞰できないから。あまり宗教的なことに踏み込むつもりはないけれどイベリア半島がムスリム統治下はあった。中東も各各が異民族に統治されたり、統治したりしてきた。
少なくとも彼らは日本よりは民族的な混血に寛容であっただろうと推測する。緩めの彼らにとってキリスト教がアイデンティティだったろう。支那が中共をアイデンティティにしているのと似ている。
遠東の宗教的にはゆるゆるの日本人のわたくしからすれば、キリスト教もイスラム教もユダヤ教も同根のように思えるのでありますが。

世界四大文明発祥の地が近代から現在にかけて、程度の差こそあれ政治的経済的に不安定なのは皮肉な感じがする。

つながり)「遠東のモンゴロイドにすぎぬ」 「不安定な東アナトリア」

タブーのハメネイ師批判沸く イランデモ、先鋭化の恐れ
「ハメネイに死を!」。イランの首都テヘランで20日、治安部隊と各地で衝突したデモ参加者の間から最高指導者ハメネイ師を批判する声がこだました。元首を公然と批判する声が出たのは79年のイスラム革命後、初めてだ。大統領選への異議申し立てに端を発した騒乱は、イスラム体制の根幹を問う運動へと変質しかねない。

この日のデモは当初、ハタミ前大統領ら改革派のイスラム指導者が計画。十数万人規模の参加が見込まれていたが、ハメネイ師の「警告」を受けて急きょ、中止にした。だがテヘラン中心部には、多数の市民が繰り出した。当局が外国メディアの取材を禁じているため規模ははっきりしないが、デモは数千人規模とみられ、複数の場所で行われたとの情報もある。

「ハメネイに死を」というかけ声はデモの最中だけではなく、夜の住宅地でも聞かれた。午後10時前、市内各地で「アラー・アクバル(神は偉大なり)」の言葉につなげて響き渡った。住宅の屋上やベランダから叫んでいたとみられる。首都は夜も警察官が配置され、最高指導者への批判は「即逮捕につながる行為」(地元ジャーナリスト)であるにもかかわらずだ。

少なくとも7人が死亡した15日の集会後、ムサビ氏らはイスラム体制の枠内での抗議を主張、参加者は平和的なデモを続けていた。今回は中止を求めたにもかかわらず実行され、タブーだったハメネイ師批判も繰り返される結果に。改革派の歯止めが利かず、抗議運動が「一線を越えた」との指摘が出ている。

強権的な性格を強めつつある現政権を支え、改革派の行動を「正しい道ではない」と批判したハメネイ師。「ハメネイ体制に異議を唱える市民は増えている」(地元ジャーナリスト)とされ、騒乱をきっかけに批判の矛先がハメネイ師、ひいては体制そのものに向かう可能性もある。

市民の不満のはけ口にもなっていたデモが禁じられた結果、一部が先鋭化、当局が力で押さえ込みにかかれば、暴力がエスカレートする懸念もある。(小森保良)
「asahi.com 6月21日」より)

posted by 井上勝裕 at 08:45| Comment(0) | TrackBack(1) | 異国のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/121983538

この記事へのトラックバック

6.20 イラン 血の土曜日 デモ隊弾圧で死者19名以上
Excerpt:    ||| 6.20 テヘラン血の土曜日 ||| イランの主要都市でデモ隊と武装警察が激突、死者19名以上、負傷者数百名 6.20テヘラン血の土曜日 ハメネイ・アフマディ体制抗議デモで流血の惨事た...
Weblog: 米流時評
Tracked: 2009-06-23 02:22