2009年06月16日

商売繁盛で医者は過労

今日は病院の日であった。
定期の通院先が容量を超えていて「日を改めてもういっぺんいらっしゃい」とのことで別に大したことではないでしょうが、なんか厭である。
医師はわたくしと同年代である。世代が同じなので話も合う。看護師と世間話をしていたときに先生の体調が悪いんですよ、白衣を着ているから理解らないけど、甘いもの好きなのでメタボなんですよ、と聞いた。そうなのあんなに細いのに、とわたくしは口にした。お腹まわりだけ出てるねんから。

診断の結果の見立てにグレーゾーンがある場合が多い。医学会の指針と法的な責任のはざまで、乖離した部分がある場合が往往にしてある。自己の判断に対し
「どーせ、裁判沙汰になると負けるでしょうけど」
と投げやりに言う。無難な指導をすればことなきを得るでしょうけど、と冷笑的である。
検査をするのに救急病院を紹介されたことがあったが、彼の紹介状を見た救急病院の疲弊した医師は顔をしかめて、この程度で紹介してくれるなとゆうような態度であった。
申しわけなく感じましたと検査の結果を持って彼の許へ報告すると
「医師不足に陥っている現状に、無理しないでいっそのこと救急を止めてしまえばいいのに、冗談ではなく脳血栓なんかになると中途半端に生命が助かるから、健康管理を怠らないようにとゆうけれど、現在の救急体制だったら死ぬ可能性のほうが高いだろうなあ」
厚生労働省に対して敵意を持って自暴自棄気味で言った。

同じ厚生労働省の障害者自立支援法は悪法である。
第三者による公正な判断で運用されるしくみにはなっていない。自立支援とゆう美名をまとっているが、あれは費用を抑制するのに障碍者を施設から追い出すとしか解釈できない。そして反対しないとゆうか関心のないとゆうか利害関係のない一般のひとたちは自分が障碍を有するかもしれないとゆう可能性があるゆう想像力が欠落している。

わたくしはどちらかとゆうと郵政民営化には賛成気味(全面ではないが)だったが、民営化の後が丸投げだったし、その陰でわけの理解らぬうちに「改革」が行われてしまっている。あんまり圧倒的多数に権力が偏在するのも考えものである。
あれだけ郵便局員の世襲に異を唱えた首相が、自分のことは棚に上げて正反対のことをしてくれちゃっているし。
振れが大きいなあ。振れて、戻りがあって、時間だけが過ぎていく。これは大きなロスである。

疲れた表情の医師が喫煙所から戻ってくるのとすれちがった。

つながり)「アポリネールの繃帯」
posted by 井上勝裕 at 23:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日乗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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