2006年01月09日

亡国の矛とイージス

戦に負けると何をされても文句が言えません。財産を没収されても、占領を行使する最前線の敵の兵たちに妻や娘を好きなようにされてしまうのが現実なのでございます。傀儡政権の要請ありきの建前さえ整備されておれば他国は手出しができない。そーゆーものです。想像できますか?歴史を学んだものなら、戦国もののヴィデオゲームをやったものなら、大河ドラマを観たことのあるものならできると思います。
こまごまとした国防論をするつもりはございませんが、この国が平和主義憲法のもと想像力の欠如した状態になっておることは間違いありません。変な例えでありますがある程度の筋力と技は身につけてはいるものの、反射神経の著しく鈍い武闘家のようなものであります。実戦の喧嘩になるとマル暴にはかなわない。
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亡国のイージス 上 講談社文庫 ふ 59-2
小説とゆうかたちで原作が映画化されるとわたくしはまづ原作から入ります。その前に『Twelve Y. O.』に迂回してしまいましたが。あれだけマニアックな詳細を映画でどこまで忠実に再現できるだろうか。きっと省略されて訳の理解らない箇所が多いだろうしなあ。
真田広之と佐藤浩市と中井貴一とゆうわたくしと同年代のキャスティングに惹かれてしまいます。小説で構築されたイメジを壊したくないので映画を観ようかどうしようか悩むところであります。映画制作に自衛隊が映画に協力するのも国民の御理解を得たいと目論んでいるのか。その通りに若い世代に浸透する保守的な価値観が現在も続く悪く言えば平和ぼけ、よく言えば志の高い教育を受けてきて自衛隊アレルギーを持つわたくしはどう折合いをつけていけばいいのか悩みの種であります。わたくしの父は元海軍に属しておりました。某組織でわたくしが手旗信号を習得いたしましたところ喜んでいるのか何も感じていないのか不明でありました。真相はどうだったのだろう。わたくしの愚息もまた手旗信号は習得しております。
複雑な思いをしてしまうのは青年時代に親しく遊んでいた国労の国鉄職員のニイちゃんが、何やおまえ自衛隊みたいなことしとるなあ、あほかいな、と唾棄されたからであります。当時は凹みました。
現在もこの組織自衛隊の運営に何かあれば「あなたのこどもが戦地へ行って死んでもいいのですか」と仰る。死んでいいわけなんてなかろう。反論できない感傷に基づく論理がわたくしたちの前に立ち塞がる。じゃあ全面降伏するか、丸腰で。どちらの被害が多いかは後世で理解る。
手旗信号だって過去の遺物かもしれないけれど、現代の移動電話が全盛世の中ではありますが万が一麻痺したら役に立つことがあるかもしれないのですよ、とバカにしてくれたひとたちに悪いけれど言わしてもらおう。
posted by 井上勝裕 at 19:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 本のはなし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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