2009年01月10日

釜ヶ崎よりブルジョワ

派遣村のことを書くのは些か地雷を踏みそうなので止めておこうと思ったがひとつふたつかいつまんで申しあげる。
年越し派遣村とは?
仕事や住む場所を失った派遣労働者らに年末年始の寝場所と食事を用意するため、労働組合や市民団体でつくる実行委員会が大みそかに、東京・日比谷公園に開いた合宿所。1月5日朝に閉じるまでに約500人が「入村」。予想人数を大きく上回ったため用意したテントが足りず、2日からは支援の求めを受けた厚生労働省(厚労省)が講堂を開放していました。
職探しを続ける人たちに閉村後の宿泊場所を確保してほしいと実行委員会から求められた厚労省は、12日までの予定で、閉校になった小学校など都内の公共施設4か所を用意。5日に移動した「村民」の一部は、通常国会が開会した国会議事堂周辺を、雇用対策を求めてデモ行進しました。
「提供:朝日学生新聞社2009年1月7日」
とゆうわけなんで完璧に市民運動化しておりますし、支援団体も政治色を帯びております。だよね。これは開村時から既知の事項である。前にも述べたことがあるが知人の公安関係の仕事をしている家庭では生協に加わることを規制されている。自主規制かもしれないけど左寄りの運動だから敬遠するむきもあろうと推察する。

で派遣村の村民が旅館に泊まる報(下記参照)を聞き及び、何だか腑に落ちないのである。この「旅館」ゆうものがどこからどの程度の質を伴っているのか定かではないにせよこの表現は世論の反発をくらわないのかと危惧する。世論の注目を浴びているのに反対にそれを敵にまわしてしまいかねない。旅館で上げ膳据え膳とゆう先入観を持ってしまった故味方は少なくなるのではないか。拙策である。

信者ではないがわたくしの関わっている基督教会では毎年僅かばかりであるが釜ヶ崎に援助をしている。少ないが毎年続いている。
報道を仄聞するにあたりあのやはり単純に言えば釜ヶ崎側からすると「けっ何やってやがるんだ」と思うのではないか。手配師とゆう派遣業が昔からあったし、意地を悪く言えばそんなの現在まで社会の構造上しかたがないのよって社会の歪みを孕みながらも認めていたのじゃあないのかなと。
年末年始釜ヶ崎のことは報道されない。昨年六月に暴動が発生したが火種は大きくなっているかもしれない。

わたくしはこの派遣村が来週末以降にどう展開していくのか注目している。「おとなしすぎる日本人」がどこまで当局に対し能動的に訴えるのかであったけど、当局は炎が大きくなる前に収拾がつけようと考えるし、その対策が何だか小手先で対処するのではないか。そして釜ヶ崎が脳裡に浮かんでしまう。

ぬくぬくと住むところと収入がある立場からと言われれば返す言葉もないけれど、明日はわが身なのである。

つながり)
「地球の歩き方大阪編」

東京・日比谷公園にあった「年越し派遣村」の実行委員会は9日、派遣村から都内4カ所の施設に移った失業者の新たな宿泊場所について、都内2カ所の旅館に250人分を確保したことを明らかにした。廃校になった小学校の体育館など現在の4施設は12日で使用期限が切れる。旅館は来週末まで借り上げる予定。

村長でNPO「自立生活サポートセンターもやい」の湯浅誠事務局長は「大多数の失業者のアパートの確保が間に合わないほか、施設は狭く、十分に体を休めることができないため」と理由を説明した。【山本太一】

「毎日新聞 2009年1月9日 」東京夕刊
posted by 井上勝裕 at 17:44| Comment(0) | TrackBack(2) | 世間さま | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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