お断りしておくがわたしは母校に対する愛校心はあるほうではない。どちらかとゆうとそのような意識は稀薄である。あんまり具体的な例を書くとばれるので、個人情報の観点から好ましくないが、わたくしの出た高校は実にほのぼのとした校風であった。当時二者択一的に単純化して考えると「校則が厳しくて躾けてくれる」学校と「管理が甘くて生徒の自主性に任せる」学校との選択を強いられると後者を選ぶ。
このような状況下に置かれると、自ら勉強して向上する派と遊びまくってしまう快楽派に二極分化するのである。
しかしこのようなことを続けていられるほど世の中は甘くないのである。
遊ぶほうへ流れてしまう。進学実績では凋落する憂き目にあった。
長男が母校を受験する可能性のあるかもしれないので説明会なるものを好奇心から見に行ったら(勿論学校側主催なわけで)生徒さんがこの学校は自由ですと連呼するのでこれはまずいなあ、実態は不自由なのだろうと推察した。もしくは以前のような自由さは損なわれているのだろうと察した。公立の小学校の学習発表会で「いじめはありません」と連呼する寸劇を思い出しもした。共産圏の隣国と似て言わされているのであろう。
学校側は凋落を自覚、このままではいけないと方向転換。それが顕著になったのが、進学コースの生徒にクラブ活動を制限し始めた。そして運動に長けた生徒の枠をつくり始めた。おお神よ。
これには失望した。
これでは「校則が厳しくて躾けてくれる」と大同小異である。
行き着く先は勉強のできるものは少しでも偏差値の高い学校の入学実績を残し、スポーツの出来るものは何らかの大会のメダルを獲って広告塔になる。これでは効率化を極限にまで追求する工場ではないか。この手法が「現在のところ」成功しているので各学校は追随し始めている。
他所と同じことをしてたらあかんやろう。企業城下町であるので囁き程度で最近名称を変更したマネシタさんより旧名東京通信工業のほうに共感をおぼえるのは二匹目三匹目のどぜうしていない、即ち他社のビジネスモデルをパクらないからである。
各学校がこぞって同方向へ向かう工場と化すこのような風潮は好ましいと考えていない。若いのだから、むだなこと、おばかなこともやっていていいではないか。生徒がゲーム感覚で自主的に進学実績をあげて喜ぶばかなことはそれはそれで問題だけど。
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