何故かと申しますと中学入った辺りから
「何メンチ切ってるねん(訳:眼をとばしているのか、てめえ)」
とさして害のない青少年であったわたくしは、やたらとその品行方正なわりにトラブルに巻き込まれてきたからであります。
さてさて、昨日所用で外出したわたくしは一度すき家の豚あいがけカレーを食してみたいと試み、牛あいがけカレーにしようか迷った挙句やはり豚あいがけカレー並四百八十円也と味わうとゆうささやかな贅沢を満喫するところであった。
何のことはないカレーライスに肉が(この場合は豚肉であるが)のっているだけのことであるがルーが多いのが誠にお得感で満足。
しかし悲劇の序章は左隣カウンターから始まった。左に座する同年代の男性の頼んだ定食は殆どが食べつくされていたが、好みなのであろうか嫌いだから後にまわしたのであろうか、納豆とオクラのねばねばコンビが残っており彼は納豆をうっとりした表情で攪拌し始めたのである。わたくしは断っておくが関西人だが納豆が嫌いではない。関西人にしては昔から比較的食べるほうだ。好きでもない。あの孤立した特有の臭いが箸といい、容器といい他の食事と同席させるだけのおおらかさがないだけのことである。悪いことにすき家の納豆は「臭い控え目」ではなかった。風向きなのかもしれないがカレーを味わうより納豆臭から耐えることに注力した。
そのときである。隣の席に武道格闘技関係をおやりになっていたのか、それとも現在でも格闘を職業としているその筋のひとなのか古い形容ならば愚連隊なのかは判断つきかねるが、推定年齢三十歳の白いジャージ姿のいかつい男が右側の席に座した。彼は牛丼トン汁たまごセットなるものを注文したが直後にやはり納豆の臭気に気分を害したのかは定かではない。
わたくしはちらりと彼を一瞥しただけのであるが何か「メンチ切られた」と勘違いしたようである。
「っじゃあ!われえ(訳:意味不明だが多分不快だと意訳)」
と善良なる一市民であるわたくしに怒鳴ってきたのである。
どうしてこのような厭な目に遭遇してしまうのだろうと、納豆の臭気と剣呑な空気に間でとにかく豚あいがけカレーを食べるのに専念することにした。
右前方のキッチンの前の上側の壁には食材の産地表示がしてあり、事故米の事件のこともあり気になったわたくしはやはり米の産地を確認した。失念したが確か山形か宮城であった。ついでに牛肉の産地に目が行き「オーストラリア、ニュージーランド産」との表示に、ここの牛肉はオセアニアだなあと呑気な考察をしていたところ、視線が右前方にあったのが悪かったのだろう。右隣の白ジャージは再度
「らあ文句でもあるんか!」
と意味不明の台詞をわたくしに投げかけた。なにもあなたを凝視しているわけではない。しかし白ジャージにどうして金色のラインが入っているのだろうと認めたのは男に声をかけられたからである。それまでは思考はオセアニアであった。
左側の男は常軌を逸する長い時間の納豆の攪拌を終え、卵を混入させるところであった。
右側の白ジャージ金混じりは牛丼を食べ始め平穏は戻ってきた。
そこへまた新兵器が。左側の男も使っていたのかも知れぬが右の白ジャージ金混じり男が卵を割り薄い板状のステンレス食器の上に卵をのせるのであった。ステンレスの板は電子部品によくあるタマゴラグのような形状であり、卵黄より若干小さめの穴が開いている。
ははあこれで卵白を分離させようってわけかなるほどよく考えたものだ。しかしそれならば最初から卵黄だけを供すればいいのではないか、いやいや卵白は別で食したいと考えるニーズもあるのじゃあないだろうか、そうかなあ卵白半分だけ欲しいって場合もある。等等考えていると右側から
「っったれ、らあ」
と言われた。おいおいこれから会合があるわけだし、妻子もいてるし、仕事もある。相手にしないほうがいいと判断したわたくしは、豚肉に妙に合う福神漬をばりぼりとかじった。
わたくしに何か問題でもあるのかと問えばない。直視していないと断言できるからである。ジャージ男の挑発はプロレス場外乱闘のレスラーに似ている。挑発の間隔が短くになった。
自らの主張をすれば本当に場外乱闘になりそうであったが(なるよなあ絶対)わたくしを躊躇させたのはそのときに身につけていた夏物の背広がアルマーニ(といってもビジネスラインである)であったことと身近に防衛するようなものが何もなかった(豚あいかけカレーにはスプーンで提供されていた)からである。こちらは後後のことを考慮すれば防衛に徹するし、負けるだろうがそれ相応の報復措置を加えなければ気が済まぬ。
ここで理不尽にも謝るのが通常の精神状態であるし冷静なる判断であろうと察する。
しかしわたくしの冷静な判断とはこのさいフォークの有無なのである。ナイフは食器用としても躊躇う。
何故フォークがないんだ。こちらもいい加減、納豆臭いのに辟易してるし、あなたもそうじゃあないのかその鬱憤をわたくしだけにぶつけて貰いたくない。上等ではないか。
もし八年選手の磨耗した背広であり、かつフォークがカウンター上にあったならば、わたくしは罵詈雑言を浴びせられる正当な理由はないと釈明したであろう。
しかし怪しげな酒場で乱闘なら(よかあないけど)まだしも、すき家でってのはさえないなあ。まあ構わないけれど。筋肉マンで宣伝するからこうなるのだ。わたくしは世代的に全く知らないがきっと白ジャージ男なら、熱くなっていたのかもしれない。そう言えば彼は十年若い亀田父若しくは十年老けた亀田子の如き印象であった。
そんなわけで若干対人恐怖症気味(笑)であります。別に納豆が悪いわけじゃあないのだけど。
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