橋下市長に違和感を感じた。発端は、税金で雇われている為政者は公僕としての役目を果たすべきだといった学者識者の物言いに対し、市長は「てめえら大学教授だって助成金とゆうかたちで税金で喰わしてもらっているのだから偉そうに言うな」と反駁した点である。
わたくし自身某企画に関与していて、その機関が「助成金」なるものを頂戴した経験がある。ならば税金が使われているのであるから、紫頭にしたりアルマーニのスーツを着ていたりしたら税金泥棒だとして何を言われるのかしれたものではない。銀行員も日本航空や東京電力社員も同じことになる。
われわれはタックスペイヤーであり、その対価(割に合うひと合わないひとがいるにせよ)を曲がりなりにも享受しているわけである。極端な話彼の論では公僕のサービスで成立しているこの社会で日常生活を営むものは口出しできない理屈になる。これは本末転倒である。市民がタックスペイヤーであるとゆう認識の欠落した理論の橋下市長如何なものか。
橋下市長 ツイッターで「無責任な商売だ」 標的教授ら静観「無責任な商売だ」と標的になっているのは浜矩子同志社大教授、内田樹神戸女学院大名誉教授、中島岳志北海道大准教授、香山リカ精神科医である。市長のツイッターによれば作家の高村薫、山口二郎北海道大教授も含まれる。
大阪市の橋下徹市長が年明けから短文投稿サイト「ツイッター」で特定の大学教授らへの批判をエスカレート、「無責任な商売だ」などと挑発を繰り返している。
“標的”は先の市長選で橋下氏と対決した平松邦夫前市長を応援した面々が多く、選挙結果を受け不満を一気に吐き出している格好。教授らは「単なる悪口」と基本的には静観の構えだ。(後略)
(「スポニチ 2012年1月18日 09:36」より一部引用)
1月15日の「報道ステーションSUNDAY」の橋下市長対山口二郎教授のやりとりをわたくしは視ていたのであるが 、興味深かったのが橋下市長が詳細なデータを有しているのに対し、山口教授はそれを覆すことができなかった。不勉強さを露呈してしまった。あたかも橋下市長が官僚的性向だったのに対し山口教授は与党国政政治家のようで倒錯した構図であった。駄目じゃん、国立大学のせんせ。ただ禁句がある。それは市長の
「おまえやったことない癖に偉そうなこと言うな」
とゆう台詞である。泥仕合であり、まるで子供の喧嘩である。大人の対応ちうか反撃が教授にはできなかった。
橋下市長であれ、山口教授であれ学者から教わったわけだし、それが全く役立たずであったわけではあるまい。
わたくしは研究に特化した学者、識者を尊ぶべきだと考える。彼らのアカデミズムは、歴史学であれ、書誌学であれ、天文学であれ、これら分業された平行線を辿る学問がどこで交差するかは不明だし、また無限の可能性があると信じたい。
ただ、私感だが学者が深く実政治にコミットすることは嫌悪するものである。またマスコミにとって便利な頭のいいコメンテーターとして重宝され、大学も広告塔になるとして雇い露出度が高くなるにつれ、その質の低下は免れない。
またなかには為政経験者(官僚も含む)で過去あかんかった学者もいらっしゃる。
体制維新――大阪都 (文春新書)
読んだこともない癖に(笑)紹介させて頂く。
「やったことない癖に」に対し橋下市長は「やったことのある」経験者である中田宏、堺屋太一をブレインに据えている。功績もあったが反面あかんかったひとたちでありますけど。
彼らの成果は短期的な視点を持たなければない点が営利企業的である。橋下市長は地方自治体を企業的なるもとのとして「経営」していこうとしている。時間がないのだ。症状が悪くなる前に副作用承知で強い薬を服用せねばならないのだ。結果がどうあれ中高年の余裕かましている識者たちに非難されることにわたくしは同情を禁じ得ないものである。
つながり)「あからさまな政治活動にはドン引きしてしまう」








